持つべきものはライバル?

「なあ、なんでそんなに女の裸とか気にするんだと思う?」

「それでなぜ、わざわざ僕が呼び出されたんだ」


 放課後、俺はカフェテリアで八条はちじょう孝太郎こうたろうと向かい合っていた。

 俺が呼び出したんだし奢ると言ったら「むしろ一方的に勝負を吹っかけたんだ。その詫びくらいはする」と季節のタルトを奢ってくれた。

 急な呼び出しに応じてくれたことといい、ほんと良い奴だなこいつ。

 俺はタルトの他にアイスティーを、八条はアイスコーヒーとミルクレープを注文した。


「君と二人きりだと変な誤解をされそうで怖いんだが」

「俺たち見て『あの二人付き合ってるんじゃない』とか言う奴いないだろ」

「うん。君のそういうあっけらかんとした態度が見解の相違を生んでいるんじゃないか?」


 ジト目になる八条。

 俺は「なるほど」と感心して、


「やっぱりお前に相談して良かったよ。クラスの奴じゃ仲良すぎて話しづらいだろうし、本人に聞くのも変だろ」

「だからって大して仲良くもない相手を頼れるのは、まあ、君の美徳なんだろうね」

「俺が子供っぽいってのは先生にも言われたんだよな、実は」


 その時に言われたことを伝えると「さすが、先生はわかっている」という反応が返ってきた。

 八条はミルクだけ入れたアイスコーヒーを軽く味わって、


「君は男女の機微に疎い。年頃の男子が抱く女子への憧れを理解できていないのが原因だ」

「……お前、俺と同い年だよな?」

「君と同じ五年生だ。だけど、まあ、この歳じゃまだ理解に個人差はあるだろう。別に君が特別おかしいわけじゃない」

「でも俺だけおかしい感じだぞ?」


 更衣室では結局めちゃくちゃ見られた。


『嘘つくの止めろよ』


 と文句を言ったら「じゃあ『見せてくれ』って言えばいいのか?」と言われたので「ああ、いいよ」と見せてやった。

 上下黒の下着姿になった後、ブラをスポブラに変えると、あいつらは「おお……!」とか「すっげ」とか声を漏らしていた。

 真っ赤になって目をそらす博己が可愛く見えたな、あれは。


『やっぱり中学生は違うなあ……』


 俺はまだ小学生だ、とツッコミを入れたかったけれど、そういう問題でもないな? と思いとどまった。


「それは、君のせいで他の生徒の目覚めが促進されたんだろう」

「あ?」

「君は『そういう機微』を意識する前に女になってしまった。君だけは男特有の衝動から解放され、かつ、クラスメートが女子に変わるという体験をしていないわけだ」


 そういうことか。

 面倒くさい言い回しをするからわかりにくいけど、要するに、


「身近に年上の女がいるとエロい気分になるもんなのか。……ん? それって先生はどうなんだ?」

「先生はどちらかというと保護者的な印象だろう。たまに先生を『お母さん』と呼んでしまう奴がいるように」

「あー、俺も一回やったな。お前も経験あるのか?」

「っ。……ノーコメントと言っておこう」


 経験あるじゃん、絶対。

 にやにやしつつ、季節のタルトを一口。美味い。生地のサクサク感と果物の甘さが両方楽しめるのはお得だと思う。


「しかし、美味そうに食べるな」

「ああ、女になってから甘いのが余計美味く感じるんだよな。だからいろいろ試してみてる」


 学校内のカフェテリアは値段が安くて味もいい。

 母さんが小遣いアップしてくれたのもあってこうやってちょくちょく通えている。


「ふむ。やはり男と女では体質にも違いがあるということだろう」

「そりゃそうだろうな。身体の柔らかさもぜんぜん違うし」


 二の腕をふにふにと揉んで見せると、八条は僅かに頬を染めつつこほんと咳払い。


「だから、そういう不用意な行動を止めろ」

「え、二の腕もエロいのか?」

「年頃の男子を甘く見るなということだ」


 なんでもエロく感じるってことか。大変だな、年頃の男子。

 ……言われた通り、俺はそのへんがよくわからない。

 わからないまま女になってしまったから、本当の意味ではもう理解できないのかもしれない。

 それは少し、いやかなり寂しい。


「姫宮璃勾。君のその身体は歳をとるのか? スキルではなく時間の経過で成長するものなのか?」

「様子を見てみないとわからないな。こうなってまだ二ヶ月だし、またスキルで成長したし」

「なら、歳をとる前提で言うが、三歳差というのはなかなかに絶妙だ。高校生では僕たちには遠すぎるし、六年生では近すぎる」


 憧れるのにちょうどいい年の差。

 だからあいつらもあれだけ反応してきたわけか。


「健全という意味では女子に交ざるべきだろう」

「そうすると俺は女子の裸見放題なんだよな。……それなら俺も衝動とやらに目覚められるか?」

「それこそ、試してみなければわからないだろう」


 それもそうか。

 クラスの男子だって毎回俺が近くで着替えていたら大変だろう。

 ……でも、あれだな。


「可愛い女子ってのはあんなに注目されるもんなんだな」

「そうだな。特にお前は気安い。そのうち『触らせてくれ』とか言われるかもしれないぞ。女性にはそれだけの価値、いや魅力がある」


 みんなが俺に注目する。

 俺の身体を見たり、触るだけのことにそんなに熱を入れるのか。

 ……なんか、それは。


「なんか悪くないな、人気者みたいで」


 ダンジョン攻略で有名にならないとだめかと思っていたけど、意外と簡単に注目ってのは集められるのかもしれない。

 だからって攻略を諦めるとかじゃないけど。

 柊とかもこんな感じでみんなから視られているんだろうか。

 顔がにやけるのを感じながらタルトを味わっていると、八条はなんだか微妙な表情を浮かべた。


「君、変な扉を開けてしまったんじゃないだろうな?」

「変な扉ってなんだよ。可愛い女子がモテるのは当たり前だろ」


 知識としてはマンガとかで知っている。

 だからそう言い返したんだけど、ふん、と鼻で笑われて。


「いや、君が気にしないならいい。そこは君の自由だ。女子と行動を共にするのと、完全に女子に順応するのではまた別の話だしな」

「お、なんか話がわかるな?」

「身の上相談に僕を使うのはできるだけ勘弁して欲しいけどね」

「悪い。またなにかあったら頼るかもしれない」

「……本当に君は。そうやって素直だから怒るに怒れないんだろうな」


 八条はアイスティーの代金も払ってくれた。



    ◇    ◇    ◇



「……うーん。なんか部屋も変わってきたな」


 男だった頃の私服や制服、着られなくなった衣類がまとめてたんすやクローゼットから追い出された。

 処分された服はリサイクルされてまた新しい服に生まれ変わるはずだ。

 代わりに部屋を占領するのは女子の夏服に女子の下着、それから女物のパジャマなど。


 パジャマなんて大して変わらないだろうと思ったけど、女子用は胸周りや尻周りが余裕を持って作られていたりしてけっこう違う。


 断固としてピンクや赤は拒否したものの、そうやって選ばれた白いパジャマを着てみると、こう、どこからどう見ても女子だ。

 見た目は女子で当たり前なんだけど。


「こうやって少しずつ女子の部屋に変わってくのかな」


 ベッドとか、家具はそう簡単に変わらないのが救いだ。

 っても、部屋に家具なんてそんなにはない。

 昔は勉強机があったり本棚があったり、音楽を再生する機械があったりゲーム機が置かれていたりしたらしいけど、俺たちの勉強はデジタルだし本も電子書籍だし、音楽だって機械なしで再生できる。


 世界のどこにいてもシステムにアクセスして勉強したり本を読んだり音楽を聴いたりゲームをしたりできるのが現代。

 言ってしまえば世界自体がそういうシステムみたいなものだ。

 俺たちにはそれが当たり前過ぎてピンと来ないけど、昔はこうだった、っていう話を見たり聞いたりすることはある。

 そうだった場合の俺の部屋を想像して──狭苦しいな、と思う反面、実際の部屋は物がなさすぎて寂しいな、とも思う。


 柊が服を増やしまくってるのもそういう理由があるのかもしれない。

 後はぬいぐるみとかか? 画像の端にも可愛いやつが何体も写っていた。


「ぬいぐるみかあ」


 格好いい系のやつなら置いてもいいかもな。

 こう、キリっとした顔したライオンとか。トラとか。ドラゴンとか。

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