決闘の後で

「悪かったな、柊。せっかくの服がボロボロになっちゃって」

「ううん、気にしないで。そのうち元に戻るし、役に立ったならそのほうが良かった」


 元に戻ったら洗って返すと言うと「そのままでもいいのに」とくすっと笑われて。


「姫宮くんって思ったより優しいよね」

「思ったよりってなんだよ」

「ううん。なんていうのかな。なにを考えてるのかよくわからないと思ってたから」

「あー。まあ、わりと言われる」


 他の奴とノリが違うとか、子供っぽいとか、逆に落ち着き過ぎとか。

 気にしすぎてもなにもできなくなるからもう意識しないようにしてるけど。


「言っとくけど、俺だって柊のことよくわからないからな」

「わたし?」

「っていうか、女子全般。なに話していいのか全然わからん」

「ふつうに話してるじゃない」

「普通に話せてるのかがわからないんだよ」


 ボロボロになったゴスロリを、それ以上ボロボロにならないように脱いで。

 ついでに下着まで脱いでしまうと、成長した身体がよくわかった。

 更衣室に置かれた大きな鏡に映すとさらにわかりやすい。


「二歳差ってでかいんだな……」

「それはそうだよ。十三歳くらいってことは、中学二年生と同じくらいだよ?」

「俺たちとは別世界の人間だな」


 俺たちが一年生だった時に四年生だったわけで。

 そりゃ身長も違うし、体型も違う。


「でも、その……おっきいね?」


 俺の後ろに立った柊が鏡を覗き込みながら言う。顔が赤い。なんで見てるほうが恥ずかしがってるんだ。

 まあ俺も、じっくり見られると若干恥ずかしいけど。

 見られてどうなるわけでもないのでそこまで気にしない。


「これが十三歳か」

「中学二年の先輩の中でもおっきいほうなんじゃないかなあ」


 左右の手でその場所──胸をみる。

 柔らかい。それでいて弾力がある。ゴムのボール? いや、それとも違うか。

 先端には薄いピンク色の小さな乳首。

 最近見ていた自分の裸ともだいぶ違う。まず、持ち上げられるほど胸があるってのが衝撃だ。


「Cカップくらいあるんじゃないかな」

「げ、そんなにか?」

「いやなの? すごく綺麗だと思うけど」

「だって、胸が大きくなったらブラを着けないといけないんだろ?」


 今まではキャミソールとかいう肌着で済ませていたが、母さんからも服屋の店員からも「大きくなったらブラを」と言われた。


「そうだね。着けないと将来形が崩れちゃうって言うし」

「それだよ。めちゃくちゃ面倒くさくないか、女の身体?」

「うーん。それは慣れじゃないかなあ」

「十年以上女子やってる奴には言ってもわからないか」

「そうかも。わたしたちは生まれた時から女の子だし」


 なってしまったものは仕方ないと思う俺だけど、ブラを着けないといけないと思うと途端に男に戻りたくなる。

 とはいえ『プリンセス・プロモーション』のパワーアップ効果は魅力的だ。


「強くなるにはなにかを我慢しないといけないんだな」

「お洒落と同じだね」


 くすくす笑った柊は「あ」と口を開けて、


「そういえば、身体は大丈夫? 痛いところとかない?」

「ああ。ダンジョン内の怪我はこっちに持ち越されないし。身体も疲れてるし腹減ってるけど、それくらい」


 そこで俺は思い立って「終わったらなにか食って帰ろうぜ」と提案した。

 柊はさらにくすくす笑って「ほんとうに大丈夫そうだね」と頷く。


「いいよ。でも、着替えが終わってからね。……着られる服、ある?」

「それは大丈夫。こんなこともあろうかとジャージを持ってきた」


 普段部屋着にしてるやつだ。これなら大きめサイズだから問題なく入る。

 これに柊は「ジャージかあ」と遠い目。


「璃勾ちゃん。ちゃんとした服買おう? ね?」

「おい待て、なんだその『璃勾ちゃん』って」

「だって、いつまでも『姫宮くん』じゃ変だと思って。だめ?」


 その「涙目の上目遣い」にはもう騙されないからな。そういうのは博己に使え。

 俺は、このさいだからやり返してやることにして、柊の目をじっと見つめた。


「お前がお前なのと同じで、俺は姫宮璃勾のままだよ。わかるだろ、茉莉まり?」

「────」

「?」

「……はう」


 思った反応と違うな?

 柊はなぜか真っ赤になってため息。唇から漏れたのは「攻撃力が高すぎるよ……」。なんの話だ?


「いい、璃勾ちゃん? そういうの簡単に人にやっちゃだめだからね?」

「わ、わかった。っていうか結局『璃勾ちゃん』は確定なのかよ」


 しかも、上目遣いを必殺技にしてる柊が言っても説得力ないし。

 女子、特に可愛い女子ってのは相手を都合よく操る技を持っているものなのかもしれない。そういう意味では俺は間違いなく男だ。



    ◇    ◇    ◇



「……ふん。遅かったじゃないか、姫宮璃勾」

「ああ、悪い。身体が変わったせいでいろいろ勝手が違ってさ」


 戻ると、相手側の子分二人は先に帰っていた。

 律儀に残っていた八条がまず俺に嫌味を言ってきて、それからバツが悪そうにこほん、と咳払いをする。


「その、なんだ。卑怯な手を使われたが、負けは負けだ。……学年最強の座は君に預けておく」


 なんだ、意外に素直だな?

 金持ちで嫌味な奴でも、こいつはやっぱり男子ってことか。

 俺はにやりと笑って「ああ」と頷く。


「つまり、またいつか戦おうってことだな? いいぜ、いつでも相手になってやる」


 俺たちが学年最強だと証明するためにも、八条たちにはこれからも活躍してもらわないといけない。強い相手に勝ったからこそ最強と言える。

 そして、一回勝ったからって次も勝てるとは限らない。

 特訓して強くなっておかないと次は八条が勝つかもしれない。


 俺の差し出した手は、今度こそしっかりと握り返された。

 ……気づくと、俺が八条を見下ろすような格好になっている。三歳も違うとこんなもんか。

 手を離した後、八条は自分の手をなぜかじっと見つめて、急に「ふん」と身を翻した。


「それじゃあ、僕は行くよ。せいぜい腕を磨いておいてくれよ、姫宮璃勾」

「……あいつ、意外と良い奴だな?」


 これがマンガだったら、いつの間にか主人公のライバルに収まっていそうな奴だ。

 まあ、スキルで女になりました、なんて奴が主人公になれるとは思えないので「じゃあ俺はなんなんだよ」って話になるけど。


 無事、決闘を勝って肩の荷が下りた。

 博己が交代で着替えに行き、俺と柊はそれを待つことに。

 すると先生が寄ってきて「おめでとうございます」と言ってくれた。

 俺は誇らしい気持ちで「ありがとうございます」と返して、


「姫宮くんのスキルは本当に強力ですね。……それで、今後について相談があるんですが」

「え」


 なんか嫌な予感がしてきた。

 なんとか逃げられないかと思ったが、さすがに博己を置いては帰れない。


「着替えや施設利用に関して、姫宮くんが女子と同様の扱いを受けられるよう学校側に申請を出そうと思います。……さすがに、中学生くらいの歳の女子を男子と着替えさせるのは、本人の希望でも問題があります」


 やっぱりそういう話か。

 俺は別にそのままでもいいんだけど、先生の言い分はもっともだ。

 仕方なく「わかりました」と了承する。

 申請には二、三日はかかるらしいので、それまでは男子と一緒に着替えられるらしいけど、その時もなるべく注意するように言われた。


「本当なら成長するにつれて自分の身体を理解し、それに応じた振る舞いを身につけるものです。ですが、姫宮くんは男子としても女子としても成長しきっていないうちに異性に変わってしまいました。……その点について姫宮くん自身もわかっておくべきです」


 職員室に戻っていく先生に「ありがとうございました」と頭を下げると、成長と共に伸びた髪が首を撫でた。

 そのままだと動く邪魔になりそうだ。

 戦っている最中は興奮していて気づかなかったけど、たぶん一回気になりだしたらどうにもならない。

 切るって言うとまた「だめ」って言われるんだろう。柊をちらっと見て予想を立てた俺は、代わりに一つ頼み事をする。


「なあ、柊? なんか簡単な髪の纏め方を教えて──」

「任せてっ! すごく可愛いの教えてあげるから!」


 いや、簡単なやつでいいんだって、マジで。

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