決闘(後編)

 試合開始の合図とともに璃勾が飛び出していく。

 博己はゴスロリ姿の親友に「死なないでくれよ」と祈りを送った。

 右手には銃。

 そして左手には透明な素材でできた盾が握られている。


 同じ盾は璃勾と茉莉の手にも。


「ははっ! さすがに少しは対策をしてきたようだね!」


 槍を下げ、盾をかざした璃勾に三人分の銃弾が襲いかかる。

 リロードを気にしなくていい分、躊躇なく連射してくる八条孝太郎。

 命中精度がずば抜けている子分A。

 子分Bも派手さはないものの射撃が上手い。みんな、銃ばかり練習しているので練度が高いのだ。


 ある程度の弾は盾で防げるものの、手足などには容赦なく命中。

 せっかくの衣装に穴が開き、傷が増え、見ているほうが残念な気持ちになってしまう。

 博己も牽制に銃を撃ってみるものの、八条たちのようにはいかない。人数、銃の性能、腕前、そしてターゲットとの距離が違う。


「……三十メートルは遠いよ」


 先生の設定を恨めしく思った。

 璃勾は近づかないと攻撃できない。そして、近づけば近づくほど銃弾は当たりやすくなる。

 そして、立ち止まらないと命中精度が下がる子分Aを除く二人は銃を撃ちながら少しずつ後退していく。十分に距離を詰められない。

 璃勾へのダメージは茉莉が治療するものの、撃たれたことによる疲労まではどうにもならない。


 そして。

 度重なる攻撃に璃勾の盾が悲鳴を上げた。

 大きくひび割れたそれに少年──もとい少女は舌打ちし、八条へと盾を思い切り投げつける。


「っ! 野蛮な真似を!」


 文句を言いつつ腕で防ぎ、払いのける八条。おかげでほんの少しだけ攻撃が止まった。

 その間に、璃勾は動きを変えている。


「思ったよりきついな、これ。……しょうがないから奥の手だ!」


 彼が「一段階!」と声を上げると同時に走る速度が上がる。

 さらに、それまで八条めがけて一直線だったのが、子分Aを目指す動きに。

 璃勾に合わせて敵チームも照準を変えてくるけれど、すると今度は子分Bへと向かい始める。ジグザグ走行によって被弾は大きく減った!


「ははっ! だけど、遠回りしてくればそれだけ多く撃てる!」


 その通り。ジグザグもいいことばかりではないけれど、


「二段階目! ……さらに、三段階目!」


 宣言のたびに向上していくスピードが距離の延長をものともしない。

 あれは、なにをしているのか。

 博己の目には璃勾の背が高くなったように見える。いや、錯覚じゃない。

 彼は『プリンセス・プロモーション』──レジェント級のユニークスキルを起動して、戦いながら成長しているのだ。

 十一歳相当から三段階、一歳半歳を取ったため、これで十二歳半。

 単純に身体が成長したことによる能力の向上もあるし、そこにスキルの効果が加わって、


「反則じゃないのか、こんなの!?」


 お前が言うな。八条の文句にはそうツッコミを入れておくとして。


「悪いな博己、この槍は捨てる!」

「ええ……!? いや、いいけど……!」


 捨てる、と言いつつ、博己特製の槍は子分Bへと投げつけられた。

 学校配布の槍よりも威力を高めた一品。

 Bは「撃っている間シールドが展開」するスキルの切れ目、リロードのタイミングを狙われ、ぎょっとした表情のまま──腹にどん! と槍を食らった。


 痛そう、なんてものじゃない。

 即死していてもおかしくない衝撃。彼は震えながらリタイアを宣言。現実世界への帰還によってその姿が消えていく。


 これで、三対二。あるいは一対二。


 武器を失った璃勾はどうするのか。

 八条なら予備武器を持っているかもしれないけれど、博己たちにそんな余裕はない。

 そうすると後はぶん殴るか、落ちた槍を拾うか、


「はっ!」


 蹴っ飛ばした!!


 ゴスロリにしてはミニなスカートが翻り、眩しい太腿を露わにしながら、子分Aの頭に漆黒のブーツが叩きつけられた。

 Aは見事に喰らい、驚きに目を見開く。

 ……いや、うん、たぶん半分くらい、下手したらそれ以上の割合で「太腿とガーターベルト、あともしかしたら下着」に気を取られていたんだろう。


 Aもリタイアして、残るは一人。


 参考にされた博己としてはとても不本意だけれど、確かに衣装は役に立った。


「……おい、ちょっと待ちたまえ、冗談だろう!?」


 恐怖から半笑いになりながら、八条はもう一丁の銃を取り出した。

 というか、Aの使っていた銃だ。

 なるほど、あげたんじゃなくて貸していたのか。それなら自分のストレージに入っているのでワンタッチで取り出せる。


「蛮族じゃないんだ。飛び道具を『それがどうした』で乗り越えて来るんじゃない!」


 八条の言いたいことはわかる。

 弓も銃も、人間がより効率的に運用するために進化してきた。その努力が個の力だけで吹き飛ばされるのは確かに理不尽だ。

 けれど、古来、伝説的な英雄の戦いというのはそういうものだったのかもしれない。

 もちろん、昔はスキルとかなかったのだからそんなわけはない。伝説は誇張されているだけのはずではあるけれど。


「おまけだ。四段階目を使ってやるよ」


 二丁拳銃による連射。

 ダメージは茉莉がすかさず癒やしてなかったことにしていく。それから八条も片手撃ちになったことと動揺によって正確性を欠いている。

 衣装にできた傷のせいでキャミソールとショーツ、ガーターベルトがちらちら覗くのも、案外効果を発揮しているかもしれない。

 銃弾を翻弄しながら素早く槍を拾った璃勾は、飛び込むように地面を蹴り、ついに八条へと肉薄して。


 ぷちん。


 直径を増した太腿に耐えきれなくなったガーターベルトが音を立てて外れるのと、槍が上段から思い切り振り下ろされるのが同時で。


「こ、降参だ! 降参する!」


 脳天をぶっ叩かれる直前のリタイア宣言によって、勝敗はなんとか決したのだった。


「……ああ、あの衣装はいろんな意味でもう着られそうにないね」



    ◆    ◆    ◆



 せっかくだから思いっきりぶん殴って終わりたかった。

 試合終了と同時に強制的にログアウトさせられた俺は、槍の消えた手と、ぼろぼろになったゴスロリを見下ろした。

 戦っている最中は気にならなかったけど、身体が重い。


 あれだけばんばん撃たれればそれはそうか。


 ぶっちゃけめちゃくちゃ痛かった。戦いで興奮してなかったら泣き叫んでいたかもしれない。

 八条たちは──少し離れたところで悔しそうにしている。


「お疲れ。めちゃくちゃ強かったよ、お前ら」


 なにしろスキルを四回も使ってしまった。

 おかげで一気に強くなったけど、つまりそれは、そうしないと勝てなかったってことだ。

 笑って握手を求めに行くと、手を差し伸べる前に柊にぐいっと手を引っ張られて、


「姫宮くんっ。服、その前に服を着替えないと!」

「ん? ああ、別にいいだろ、そんなの後で」


 先生と俺たち六人しかいないんだし、と思ったけど、当の八条たちが声を揃えて、


「いいから着替えて来い!」


 なんだよノリ悪いな、と思いつつ、俺は柊と一緒に更衣室へ──。


「あ、どうせだから博己も来いよ」

「行くわけないだろ!」


 なんだよ、そんなに反応しなくてもいいだろ。

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