決闘(前編)

 本人が「可愛い服」と言った通り、柊の撮ってきた服はどれも、いかにも女子っぽいやつだった。

 スカートなのは当たり前。

 フリフリだったり、レースがついてたり、無駄に袖が丸っこくなってたり、頭に飾るパーツまで一緒になってたり。


「こういうのコスプレって言うんじゃないのか……?」

「あ、だめだよ姫宮くん。人のファッションを否定するのは良くないよ?」


 確かに、俺も格好いいと思っているヒーローを「ダサい」って言われてキレたことがある。

 柊は「それにね、コスプレとは違うよ」と真面目な顔で解説してくれる。

 一般にコスプレとはなんらかのキャラクター、あるいは特徴的な職業などを衣装で表現するもの。普段着としては使いづらそうなドレスでも「だからコスプレ」とはならない。


「もちろん、コスプレに使う人がいてもいいと思うけどね。お姫様とか、昔いたらしい『地雷系女子』のコスプレとか」

「ふうん。なんか詳しいんだな、そういうの」


 すると、柊はふわりと苦笑した。


「あはは。お母さんが服飾関係のお仕事しててね。わたしにも可愛い服をいろいろ買ったり作ったりしてくれるの」

「そうなのか」

「うん。わたしもそういうの好きだからついつい夢中になっちゃって……」


 照れたような笑顔に、少し離れたところにいる博己が勝手にノックアウトされる。気になるならこっち来て一緒に話せばいいのに。

 というか、


「なあ、柊? 休み時間のたびに俺のところに来なくてもいいんだぞ?」


 画像は転送してもらったから、選ぶだけなら一人でできる。


「えー? でも、わたしが一緒のほうが選びやすくない?」


 言った彼女は俺の後ろに回って同じ画面を覗き込んでくる。

 選びやすくない。近い。ついでに全然汗臭くなくていい匂いがする。男とは大違いだ。


「……人のファッションに文句を言っちゃいけないなら、俺がなにを着ても自由だよな?」

「姫宮くんってお洒落のためじゃなくて、単に面倒くさいから男物着てるんだよね?」

「よくわかったな!」

「そこで威張るんだ……!?」


 まあ、可愛い服を着たくらいで戦いが有利になるならそれは別に構わない。

 姫宮が普段着にまで口を出してきたらその時に悩むとして。

 ……うん、そのうち確実になんか言ってきそうな気がする。


「というか体操着も女の子用にすればいいのに」

「別にあれは前のが着られてるし。体操着は男子も女子も大してデザイン違わないだろ」

「じゃあ新しいのは女の子用にするんだ? デザイン大して違わないんだし」


 ほら、この調子だし。


「なんか姫宮くん、前より話しやすくなったよねー」


 ぐぬぬ、と柊を軽く睨んでいたら他の女子まで話しかけてくる。

 いや、俺は話しやすくしたつもりは全然ないし、なんならなにを話していいかもわからないが?」


茉莉まりと仲良くなったからかな? 男の子っぽい女の子って感じ」

「だから俺は男だって。着替えもトイレも男子用だろ」

「それ、むしろどうしてるの? 急に女の子が入ってきたらみんなびっくりしない?」

「別にスカート穿いてるわけじゃないし、そんなにびっくりはされないぞ?」


 二度見された後「なんだ姫宮か」で終わりだ。


「最近は人の少ない遠いトイレ使ってるからあんまり人と会わないし」

「ほら、やっぱり使いづらいんじゃない」

「違うって。なんていうか、個室に入った奴は高確率でからかわれるんだよ」


 からかうほうも悪気があるわけじゃない。

 男子ってのはそういう下ネタで盛り上がりたい時がある生き物なのだ。

 ただ、俺は諸事情で個室に入るしかない。毎回だと変なあだ名がつきかねない。


「いっそ俺も立ってすればいいのかも──」

「それは絶対だめ!」


 だめか。


「もう女の子に混ざりなよ……。更衣室も。男の子にじろじろ見られるのよくないよ」

「いや、でもみんな気になるだろ? 男に着替え見られたりしたら」

「いや、姫宮くんどう見ても女の子だし」

「見た目はな」

「見た目は重要だよ。それに、私たちに変なことする気とかないでしょ?」

「あるわけないだろそんなの」


 むしろ大して興味がない。

 すると「ほら」と頷かれてしまう。

 ……うーん? 見た目が変わっただけで無害認定されてしまうのもなんか癪な気がする。男として失格扱いされたような。

 けれど、柊たちは「なら問題ないね」と盛り上がり始めて、


「下着は女の子なんだもん。男の子に見られてるの、むしろわたしたちが気になる」

「そういうもんか?」

「そういうものなの」


 ふうん、と生返事をしつつ「お前らはどうなんだよ」とばかりに男子に視線を送ってみる。

 そいつらはあまり乗り気ではないのか「別に今のままでいいんじゃないか」的な顔をした。


「ん、まあ、考えとく」


 そうして保留にしたまま、俺たちは決闘の日を迎えた。



    ◇    ◇    ◇



 俺が選び、柊に貸してもらったのは「ゴスロリ」とかいうやつだ。

 黒がメインで使われている服で、普通の服に比べてやたら装飾が多い。パーツが重ねられている箇所も多くて、稼働性はあまり良くない。


 放課後、決闘時間の少し前。


 俺たちは実習室についている更衣室の一つを借りて準備を整えていた。

 俺の着替えは柊が手伝ってくれている。

 博己は既に着替え終わって、俺たちに背中を向けていた。


「で、でも、璃勾にしては珍しい服を選んだよね?」

「ああ。意外と防御力は高いかと思ってな」

「防御力……」

「姫宮くんの場合、露出の低さじゃなくて文字通りの意味だね」


 服に厚みがあればその分、弾が身体に届きづらくなる。


「あと、袖とかスカートが短めのを選んだからそんなに動きづらくないと思うぞ」


 一応、一回試着して軽く動いてみた。

 まあ動きづらいのは動きづらいけど許容範囲内だ。


「あはは。わたしは恥ずかしくて着られなかったやつだからちょうど良かったかも」

「そうか? スカート長いほうが恥ずかしくないか?」

「だって、スカート短いとガーターベルトが見えちゃうでしょ?」


 ああ、このパンツの下につけたやつか。

 靴下を固定するためのものらしいけど、靴下にもゴム入ってるし、正直お洒落の意味しかなくないか? という気はする。

 俺的には「女のお洒落はよくわからないな」くらいで特に恥ずかしくはない。


 ちなみに下着もガーターベルトも専用のやつをつけている。

 別に見えないところにこだわらなくても、と言ったら柊に「だーめ」と怒られた。

 勝負の時は下着にも気合いを入れるのは女の子の嗜みらしい。だから俺は男なんだけど。


「なあ、博己はどう思う?」

「ぼ、僕に振らないでくれないかな!?」


 着替えが終わってからようやく振り返った彼は、俺の格好を見て「目の毒過ぎる……」と真っ赤になってコメントした。

 なんだ、スカートの下からちらちら見える太ももがそんなに気になるのか?


「うん。これは確かに使えそうだな」



    ◇    ◇    ◇



 更衣室から出ると、もう八条たちは着替えて勢揃いしていた。


「やあ。やっぱり女子は着替えが長いね」

「いいだろ。まだ時間前だ」


 答えてやると、八条はぎょっとした顔で俺を見てきた。


「姫宮……。姫宮璃勾か? なんなんだ、その格好は!」

「なにって、可愛いだろ?」


 せっかくなので俺はにやりと笑って一回転してみせる。

 スカートっていうのはひらひらして落ち着かない。

 ぶっちゃけ試着を除くとこれが初めてだが、まあ、俺は普通の女子と違って「パンツが見えないように」とか考えないので、ある意味ズボンより足が自由に動く。


「あんまり銃で撃たないでくれていいぞ。じゃないとこの衣装がボロボロになるからな」

「ふ、ふん。ダンジョン内で発生した損傷は帰還後、時間経過で修復されるじゃないか。そんなもの気にする必要はないな」


 とか言いながら視線をあちこちに泳がせる八条。

 博己と同じで俺の太ももをちらちら見ては頬を染めているけど……男の足を見てなにが楽しいんだろうな?

 まあ、効果があるならいい。


「姫宮くん。過度な挑発は良くないですよ」


 立会人として来てくれた先生に「すみません」と謝ってから、せーのでダンジョンにダイブ。

 先生は一緒にダイブするけど、無敵モードに設定されているので絶対に死なない。


「レギュレーションはノーマルステージ。相対距離は三十メートルからのスタートです。いいですね?」


 最終確認にこくりと頷きつつ、俺は博己の作ってくれた特製の槍を握った。

 さあ、いよいよ決闘開始だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る