作戦会議

「なあ、ちょっと時間あるか?」


 放課後、隣のクラスの男子に声をかけた。

 彼らはこっちを振り返ってぎょっとする。なんだよ、人の顔になにかついてるか?


「あ……。えっと、もしかして姫宮ひめみや璃勾りく君?」

「そうだけど」


 答えると露骨にほっとした顔をする。

 ああ、なるほど。そういうことか。


「いきなり他のクラスの女子に話しかけられたと思ったのか」

「う、うん。しかもすごく可愛い子だったから……」


 こいつらにまで言われるとは、俺、本当に可愛いんだな。

 しみじみと思いつつ「で」と話を戻して。


「時間あるか? 聞きたいことがあるんだけどさ」


 彼らは顔を見合わせてから、揃ってこくこくと頷いた。






 八条孝太郎の親は電脳世界の保守作業を担当しているかなり偉い人で、あの八条も甘やかされて育ったお坊ちゃまだ。

 当然、小遣いもたっぷりもらっていて、あいつはそれを使って固有領域のストレージを大幅に拡張している。

 同じチームに所属する二人の男子もそのおこぼれに預かっていて、八条の子分みたいな扱いになっているらしい。


「で、そのストレージを使って強い銃をばんばん撃ってくる、か」


 隣のクラスの奴らには八条の情報を教えてもらった後、家に帰ってもらった。


「三人に銃で撃たれたらすごく怖いよね?」

「うん。単純だけど恐ろしい戦術だと思う」


 連れて行った先に柊までいるのを見たあいつらは真っ赤になって、自分からいろんな情報を話してくれた。

 自分のクラスを勝たせたくないのか? って聞いたら「別に八条君がクラスの代表ってわけじゃないし」とのこと。

 確かに、あいつが決闘を申し込んできただけで、クラス同士の争いってわけじゃない。

 これが例えば学校行事だったら話は別だったかもしれないけど。


「そもそも、銃はすごく洗練された武器なんだ。そのことは歴史も証明してる」


 学校の敷地内にあるカフェテリアの一角で、プリンを突きながら博己。


「織田の三段撃ちなんか有名だよね。単発式の火縄銃を三交代で撃つことで実質的に連射を可能にしたっていう話」

「聞いたことはあるような気がするけど、ずいぶん大昔の話だな。……っていうかその話、俺はあんまり好きじゃないんだよな」


 騎馬軍団の突撃が銃でぱんぱん撃たれただけで止まったとかロマンがない。


「重要なのは、単発銃でもそれくらい強いってことだよ。璃勾は飛び道具の利点ってなんだと思う?」

「遠くから攻撃できること」

「正解。剣とか槍は近づかないと攻撃できない。まあ、投げるって手はあるけど……手から離しちゃったらもう攻撃できなくなっちゃうからね」


 近づかれる前に一方的に殺せるから戦国時代に活躍したって話。


「弾数の多い銃なら余計に有利だよ。リロードする時間が少なくて済むからどんどん撃てる」

「授業では『弾切れにも気をつけなさい』って習ったけど……」


 チーズケーキと紅茶を味わいながら柊が首を傾げて、


「それはその通りだけど、ストレージに余裕があるなら八条君たちは大量の弾を用意してると思う」


 弾は一発ごとにストレージを占領する。

 もちろん、一発一発のデータ量は少ないので、十分なストレージがあれば「これでもか」と弾を持っていける。

 リロード自体は必要だからその時に多少の隙はできるけど、


「八条のスキル、厄介だな」

「『トリガーハッピー』。武器の弾数が0になった時に自動で補充するスキル。お金持ちにぴったりだよね」

「弾がなくなるまでずっと撃ち続けられるなんてほとんど反則だよ……!」


 ちなみに子分二人の能力は『飛び道具を使う時にゲームみたいなガイド機能がつく』と『立ち止まって飛び道具を構えている間、防御力が上がる』らしい。

 完全に自分と相性のいい奴を選んで組んでいる。


 俺はショートケーキのイチゴを頬張りつつ、「まあ」と言って、


「向こうがなにしてこようと『近づいてぶん殴る』しかないよな」

「そりゃそうだけど……いくら璃勾だって死んじゃうよ」


 博己の言う通り、こっちには前衛が一人しかいない。俺が一人で突っ込んだら向こうは俺一人を狙ってくるだろう。

 ばかすか撃ち込まれたらさすがに死ぬ。


「っても、こっちには柊がいるだろ。死ぬ前に直してもらえばゾンビアタックできる」

「自分でゾンビとか……」

「それでも大変だよ。わたしのヒーリングだって再使用禁止時間クールタイムがあるし」

「そこは博己にも牽制してもらって少しでも楽にしないとな。あと、いくつか対策も用意しておこうぜ」


 カフェテリアのケーキもなかなか美味い。

 イチゴのショートケーキが好きとか言うと「子供っぽい」とか笑われたりするんだが、美味いものは美味い。

 好きなものを食べて文句を言われる筋合いはないと俺は思う。

 と、そんな俺を見て柊がにこにこし始め、反対に博己はむすっとした顔をした。


「璃勾、本当にわかってる? 決闘では手加減とかしてもらえないから、最悪殺されちゃうんだよ?」

「わかってるって。別に適当にやって勝てると思ってるわけじゃないぞ」


 だから情報収集なんかしたわけだし、対策も考えるつもりでいる。

 決闘までには時間があるからそれまでに特訓だってするつもりだ。


「……でもまあ、いざとなったら切り札もあるしな」


 最終的にその手を使えば勝てるとは思ってる。

 俺がなにをするつもりなのか予想できたのか、それとも単に呆れたのか博己が黙って、代わりに柊がこっちをじっと見てきた。

 女子、特に可愛い女子がそうやって黙ると怖いんだけど。なんかこう、面倒くさい頼みごとをされそうで。


「なんだよ、柊?」

「うん。その、ね? 姫宮くん、決闘の時も体操着で出るつもり?」

「は? そうだけど、なんかまずいか?」

「まずいよ!」


 そこか? そこなのか?

 なんでいきなりそんなことを言い出したのかと「???」を浮かべる俺に対して、クラス一番の美少女(仮)はテーブルから身を乗り出すようにして主張してきた。


「わたしに考えがあるから、明日、楽しみにしててね?」

「うん。嫌な予感しかしないから止めてくれ」


 一応言ってはみたものの、当然、柊はまったく聞いてくれなかった。



    ◇    ◇    ◇


 で。

 いったいなにが起こるのかと思えば、


「あっ。おはよう、姫宮くんっ!」


 博己と一緒に俺が登校するなり駆け寄ってきて挨拶してきた。

 俺が「おう」と返す横で博己が真っ赤になり「お、おはよう、柊さん」と言う。


「博己。そろそろ慣れようぜ? チームメンバーなんだし」

「う、うん。わかってはいるけど」

「もう、二人とも遅いよ。もうHR始まっちゃう。しょうがないから、話はまた後でね?」

「おう?」


 話をする時間がないならわざわざ話しかけに来なくても良かったんじゃないか……?

 首を傾げながら自分の席に座ると、男子が二、三人俺

ところに寄ってきて、


「なあ、姫宮。最近柊さんと仲良くないか?」

「もしかして付き合ってるのか?」

「はあ? そんなわけないだろ。作戦の話だよ、ダンジョン攻略の」


 そいつらは俺の返答に「そりゃそうだよなー」と納得してくれたものの、朝のHRが終わった後、柊のやつが俺に言ってきたのは、


「あのねっ。おうちにある可愛い衣装、いっぱい撮ってきたのっ」

「……衣装?」


 ぽかんとする俺に、友達からの「おい、作戦はどうした」という視線が突き刺さった。

 違うんだって。


「なあ、決闘の時の作戦の話だよな?」

「? 決闘の時の衣装の話だよ?」


 きょとんと見つめ返された俺は「あ、だめだこいつ」と思った。


「なあ。柊ってさ、真面目に見えて意外と自由だよな? 変なところでアホっていうか」

「あ、姫宮くんひどい! わたしこれでも真面目にやってるのに!」


 ぷくー、っと頬を膨らませる姿もまあ可愛いんだが、真面目にやってたら「可愛い服を撮るのに時間を使う」とかしない気がする。

 いやまあ、別にいいけど。俺だって気分転換にマンガ読んだりゲームしたりしてるし。


「で、服がどうしたんだ?」

「うんっ。ほら、体操着じゃ可愛くないから、せめて可愛い服を着て欲しいなって」


 確かに、ダイブスーツはとりあえず注文を控えているし、いつまでも体操着じゃ味気ないけど。


「柊。決闘なんだから可愛いとかどうでもいいんだよ! 大事なのは動きやすさだろ!」

「えー。でも可愛い格好してるほうが八条くんたちも撃ちづらいと思うよ?」

「……なんだと」


 その発想はなかった。

 俺は、こっちの様子を見ながら恥ずかしそうにしている博己をちらっと見て「なるほど」と頷き、


「詳しく話を聞かせてくれ、柊」

「やった♪」

「待って、いまどうしてこっちを見たのさ、ねえ璃勾!?」


 だってお前、可愛い服着た柊が相手だったら絶対躊躇うじゃん。

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