パーティのお誘い
初めてのダイブから、体育の約半分が「ダイブしての授業」になった。
現実世界と電脳空間だと身体の感覚が違う。
慣れるために疑似ダンジョンの中で戦闘訓練をするのだ。
「ほんと、こっちだと身体が重く感じるよな」
「そう? 姫宮くんはすごく楽そうに見えるけどなあ」
今日の相手は柊だった。
白いダイブスーツ姿の彼女は先端のねじくれた木製の杖を構えている。
まあ、木製って言ってももちろん「そういうデータ」ってだけ。学校側の用意した武器の中からみんな好きなものを選んで実体化させている。
こっちは騎士や勇者が使うような剣。
スーツが着られなくなったので体操着で間に合わせてるけど、見た目はちょっと格好悪い。
「いや、リアルよりは重いって。スキルのおかげで動けるだけで」
「羨ましいなあ。わたしは運動得意じゃないし、スキルも戦いに向いてないから」
なんか柊がいつもより優しい。
四年間同じ学年だったけど、ちゃんと話したことはなかった気がする。
女子とは話が合わないし、向こうも別にわざわざ話しかけてこなかった。
男女合同の練習になったからか?
リアルでも木刀とかを使って訓練してるけど、男女は別々。
ダンジョンの中なら死んでも生き返れるからってみんなもいつもより激しく戦ってる。実戦では遠慮してたら生き残れないし、女子と組むこともある。
いや、俺も身体は女子なんだけど。
「いいじゃん。柊はヒーラーだろ。就職先には困らないって先生言ってたぞ」
「姫宮くんだって一流の
柊は剣を構えた俺にビビってる感じだったが、こっちが動かないのを見ておっかなびっくり攻撃に転じてきた。
杖が振りかぶられて「えいやっ」って感じで殴ってくる。
けど──うん、見える。
俺は余裕をもってひょいっとかわすと剣で杖を払った。
「わ、わわっ!?」
転倒。
べしゃ、と顔から転んだ柊は「いたた……」と言いながら身を起こす。
制服だったらスカートがめくれていたかもしれない。体操着でも平気だが、転んだ時に床ですりむくかもしれない。
「うー。もうちょっと動けるようにならないとなあ」
「そのうち慣れるって。それか飛び道具使えばいいんじゃね? 銃とか」
「うーん、でも杖だとスキルの効果が上がるじゃない?」
柊のスキル『ヒーリング』は回復魔法みたいなもの。
杖にはこういう魔法系のスキルを強化する効果があるので後衛が選びやすい。
いざ敵に近づかれてもぶん殴って対抗できるから悪くはないけど、柊はなんか空振りそうな気がする。
柊。
博己が好きな相手で、クラスで「一番可愛い」って言われてる女子だ。
ふわっとした感じの髪をしていて、顔は確かに可愛い。
いかにも女子っていうか、話が好きで下ネタとか言わなくて、ゲームもやらない。
胸は今の俺よりちょっとでかい。
博己はそういう女らしいところが好きなんだろう。
「杖か。とりあえず振り回してぶん殴ればいいから使いやすそうだよな」
「杖ってそうやって使うものかな……?」
「鈍器には違いなくね?」
剣と違って刃の向きとか考えなくていいから使いやすいかもしれない。
毎回武器を変えてしっくり来るのを探している俺は「今度試してみるか」とメモアプリに書き込む。
と。
柊が杖を下ろしてくすっと笑った。
「可愛くなったのに、中身はほんとに姫宮くんのままなんだね」
「そりゃそうだろ。中身まで変わったら怖いぞ?」
「そうだけど、ほっとしたっていうか少し残念っていうか」
「どっちだよ」
「どっちだろうね?」
なんかむずむずする。
女子の話ってこう、ふわっとしてるっていうか、じゃれ合ってるって感じでよくわからない。
もっと「杖はこうやってぶん殴るとつよい」とか教えてくれれば良いのに。
思っている間に柊は「よし」となにやら頷いて、
「ね、姫宮くん。わたしと一緒にチームを組んでくれないかな?」
俺の目をじっと見てそんな風に誘ってきた。
◇ ◇ ◇
「チームとは仲間として一緒に模擬戦をしたり、ダンジョンに潜ったりするメンバーのことです」
先生からあらためて解説があったのは俺が買い物で休んだ次の日──女になって初めて登校した日のことだった。
「みなさんにはまず、クラスの中でチームを組んでもらいます。三人一組の小さなチームですね。四月中に決めてもらって、五月からはそのチームで訓練をします」
授業用のチームの他に別のチームを組んでもいい。
他のクラスの奴と組んだり、相手が見つかれば上級生と組んだり。
ただ、普段一緒に訓練するからか、なんだかんだそのまま組み続けることもけっこうあるらしい。
そういう意味だとメンバー選びはかなり重要だ。
「でも、どうして俺なんだ?」
あのあと柊としばらく訓練して、先生の指示でメンバー入れ替え。
今度の相手は男だったからぼっこぼこにして、無事に授業が終わった。
思いっきり動くと気分がいい。
更衣室では最初の時みたいに裸になることはさすがにもうしていない。
みんながいちいち見てきて面倒だからなるべく端で着替えるようにした。体操着を脱いで男子の制服を着るだけ。
それでも下着をちらちら見てくるんだから変態の多いクラスだ。俺は男なんだから女装みたいなものなのに。
で、体育の後が昼休みだったので、柊を昼飯に誘った。
男子の何人かから「抜け駆けか!?」「女同士になったからって直接誘うとか」みたいな目でみられたけど、別にそういうんじゃない。
チームの件で話がしたかっただけ。
柊のほうも特に気にした感じもなく「うん、いいよ」と学食についてきた。
学校内にはカフェや食堂がいくつかあって、俺たちが選んだのは一番近い、小学生の多いところだ。
俺はカツ丼大盛り、柊はサンドイッチとサラダを注文。
注文はホロウィンドウをタッチするだけで、料理が出来上がったらロボが席まで運んできてくれる。
「そんなので足りるのか?」
「あはは、うん。わたしは少食なほうだし、外ではあんまり食べないようにしてるから」
「それは俺に言っちゃっていいのか……?」
栄養バランスなのかダイエットなのかお行儀の問題なのか知らないが。
柊はこれににっこり笑って、
「姫宮くんは女の子だからいいんだよ」
「俺は男だって」
女の身体になっても女子みたいな量じゃ足りそうにない。身体を動かした後はたくさん食べるに限る。
「男の子だけど、女の子でしょ? だからいいの」
「わかったようなわからないような……。まあいいか。で、チームの話だけどさ」
配膳ロボが運んできたお冷で喉を潤してから、最初の質問をして。
返ってきた理由は、
「それは姫宮くんが強いからだよ」
「普通だな」
「うん。だって、わたしがいるとチームの戦力が落ちちゃうでしょ?」
授業のためのチームは三人一組と決まっている。
なので、ヒーラーを入れるとそのぶん攻撃役が減る。
「勝てなくなるのってみんな嫌がると思うんだ」
「まあな。回復できるって言っても一撃で殺されたら意味ないし」
柊が殺されても、前衛が殺されても。
「でも姫宮くんなら強いから大丈夫かなって」
「ああ。確かに一発撃たれた程度じゃ死なない自信があるけど……」
「だめ?」
運ばれてきたサンドイッチに手を伸ばす前に、潤んだ目でこっちを見てくる柊。
確かに、こういう顔をされると可愛い。
……っていうか、女がそうやって下手に出るのは反則だろ。
俺は割り箸を割って、運ばれてきたカツ丼を引き寄せつつ答えた。
「いや、いいよ。俺が柊を守ってやればいいんだろ」
「っ!」
途端、ぱっと笑顔になる。さっきのは嘘泣きか? いや、泣くまでは行ってなかったけど。
「ただし条件がある」
「条件?」
「ああ。最後の一人は俺に決めさせてくれ。実はアテがあるんだ」
「うん。乱暴な男の子とかじゃなければわたしはいいけど」
「それは大丈夫。あいつは男子の中でかなり大人しいほうだから」
憧れの柊と組めるって聞いたら博己のやつ、きっと大喜びするぞ。
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