女の子になった親友
「はあ……。そのうち慣れんのかな、これ」
家のトイレでため息をつく。
初めては正直困った。力を入れてみるまでどこから出てくるのかよくわからなくて、いざ出てきたら「うおっ」ってなった。
手は小さくなってるし、かと思ったら力は前より上がってるし。
股間にアレがないのが違和感しかない。
とりあえず出し終えてから、あそこが湿ってる気がしてトイレットペーパーで拭いた。
母さんからは「ちゃんと座ってしなさいね」と言われた。
前から「座ってしなさい」とは言われてたけど、もう立ってできないと思うとなんだか寂しい。
なんかこう、もうやらないゲームでも削除するのは勿体ないみたいな。
「まあ、悩んでても仕方ないよな」
なってしまったものは仕方ない。
それより、これからのことを考えよう。
この身体はめっちゃ動けるみたいだし、ダンジョン攻略で役に立つならそれでいい。
明日は買い物か。
「母さんに連れ回されるんだろうなあ……」
とりあえず、仲の良い奴にはメッセージを入れておいた。
◆ ◆ ◆
小学一年生の時から仲の良い
もっと言うと、璃勾が女の子になってしまったからだ。
「はあ……」
昨日は「休む」と連絡があったけれど、今日はちゃんと登校するらしい。
なので、あれから初めて会うわけで。
どんな顔をしたらいいのかよくわからない。
なにしろ、女の子になった璃勾ときたら、
「可愛いんだもんなあ」
昔──小学校低学年くらいまでの璃勾は名前の影響もあって「可愛い」とか「女の子みたい」とか良く言われていた。
成長するにつれて男の子らしい特徴が増え、天然というかデリカシーのない性格もあって最近はすっかり言われなくなったけれど。
女の子になった璃勾は、まさに彼が女の子だったら、という想像通りの見た目だった。
さらさらの髪。すべすべの肌。ぱっちりした目。
璃勾の面影があるのも、中身が変わっていないのもわかったうえでどきっとしてしまった。
しかも着替えの時、璃勾ときたらみんなの前で全部脱ぎ出したのだ。
その時に見た──見てしまった姿は今でも目に焼き付いている。
「ああもう、璃勾の奴……」
「俺がどうしたって?」
「うわぁっ!?」
心臓が止まるかと思った。
博己は胸を押さえながら、少年──もとい少女に「おはよう」と挨拶した。
男子の制服を身に着けた璃勾は「おう」と高い声で答えて隣に並んでくる。
ふわり、と、いい匂い。
「っ」
「ん?」
息を呑むと不思議そうに首を傾げてこっちを見てきた。
仕草は変わっていないのに、見た目が変わっただけでこんなに違うなんて。
「璃勾、体調はどう?」
平静を装って尋ねると、彼のほうはまったく気にした様子もなく。
「ああ。身体はなんともない。やっぱり全然元に戻りそうにないな」
「そっか。……なんていうか、大変だね」
「まあいいよ、別に。俺は俺だし」
こういうところは璃勾らしい。
彼にとってはきっと、女の子になってしまうより「君はダンジョンに潜れない」と言われるほうが辛いんだろう。
「でも、みんなは気にすると思うよ。璃勾がこんなに可愛くなって」
「あー。お前もやっぱり可愛いと思うか、俺?」
「それはまあ、可愛いと思うけど……」
微妙に濁してから「璃勾は璃勾でしょ」と答える。
すると、少女となった彼は頷いて、
「ああ、博己は柊のことが好きなんだもんな。他の女のことなんか──」
「そういうこと大きな声で言わないでよ!」
口を塞いでやろうとしたらさっとかわされた。素早い。今までだったら通用していたのに。
つぶらな瞳に「ふふん」と見つめ返されてどきっとしてしまう。
……言われた通り、博己には別に好きな女の子がいるというのに。
彼女と話をする時と同じくらい親友にどきどきしてしまっているのだから、これはまずい。きっと一時的なものだとは思うけれど。
「き、昨日はどうしたの?」
「ああ、買い物だよ。母さんに付き合わされていろいろ店を回った。いや、俺の買い物なんだけどさ」
「服、サイズ合わなくなってたもんね」
「ああ。制服とか体操着はなんとかなるけど、下着がなー」
「下着」
思わず彼の胸あたりに視線を送りかけてから「見ていいものなんだろうか」と思った。
璃勾はどうせ気にしない。
中身が男子で、本人も「俺は男だ」と言っていたわけだから、男子の下着を気にしているだけで、つまり合法は気もするけれど。
「男ものだと尻のところが合わなくてさ。仕方ないから女物になったんだぜ」
「そ、そうなんだ」
確かにお尻が大きくなっているのはわかる。その、制服のズボンを越しでもなんとなく丸みを帯びているのがわかるからだ。
じっと見つめていると、女の子用の下着のシルエットがなんとなく見えるような見えないような。
「って、他の服はどうしたの? パジャマとか」
「ああ。ジャージにした。かなりぶかぶかのやつ」
「……ああ」
これでもかと璃勾らしいチョイスだった。
「どうせ最初は『別に家なら裸でいい』とか言ったんでしょ」
「すげえ、よく分かるな」
「付き合い長いからね」
インドア派で、あまり人と話すのも得意じゃない博己だけれど、どういうわけか璃勾とは仲が良い。偶然できた腐れ縁、的なものなのかもしれないけれど。
偶然でも縁が続けば愛着も湧くし、居心地の良さも感じるようになる。
中身は本当に璃勾のまま変わってないんだな、と、妙に安心して、
「大変そうだけどさ。レジェンドスキルは羨ましいよ。僕はアンコモンだったし」
「あ、そういや俺のことばっかりで忘れてたな。博己はどんなスキルだったんだ?」
「『データスミス』だよ」
ダンジョンで使う武器や防具などを製作するスキルだ。
直接戦闘の役に立たないという意味ではかなり特殊。めちゃくちゃレアなのに効果自体は単なる自己強化な璃勾の『プリンセス・プロモーション』とは正反対と言ってもいい。
アンコモンと比較的ありふれたスキルでもあるし、博己としては「まあこんなもんかあ」と肩を落としたのだけれど。
「へえ。いいじゃん、博己らしくて」
璃勾は笑って肩を叩いてきた。
その力が思ったより強かったのと、続けられる言葉の内容に博己は驚く。
「じゃあ、そのうち武器作ってくれよ。俺が使うやつ」
「え、いいの?」
『データスミス』があると制作時にボーナスが入るものの、武器や防具の性能は注ぎ込んだデータ量や制作者の腕によっても決まる。
ヘンテコなスキルとはいえレジェンド持ちの璃勾ならもっと良い製作者にも頼めそうなのに。
彼は「当たり前だろ」となんの屈託もなく言ってくれる。
「知り合いに頼むほうが安心だろ。博己ならきっといいの作ってくれるだろうし」
「……璃勾」
ああ、そうだ。これが姫宮璃勾だ。
成績はそこまで悪くないのにお調子者で、悩むのが苦手で、悪く言えば馬鹿。
だから、打算だけでは動かない。単純に「友達だから」博己とも今まで通りの付き合いをしてくれるし、作業だって依頼してくれる。
博己は軽くうつむくと笑みを浮かべて「いいよ」と答えた。
晴れやかな気持ちと共に顔を上げると、
「練習がてらなんでも作るよ、剣でも銃でも」
「頼もしいな。よし、それならなにを頼むかな。いろいろ使ってみたい武器はあるんだよな……」
悩み始める彼は周りの目なんて気にしちゃいない。
今も何人かが男装の美少女に視線を送っているのだけれど、そんなことよりもダンジョンのほうが大事のようだ。
それが彼らしいのだけれど。
風が吹き、璃勾の髪が揺れる。変身した時に伸びたらしく、彼はそれに鬱陶しそうな態度で触れる。
「あー、くそ。邪魔だから切ろうかな、これ」
「あー、うん。……それは止めたほうがいいんじゃないかな?」
彼は間違いなく姫宮璃勾だ。
姿が変わろうと今まで通り、友達として付き合っていこうと決めた博己だけれど、散髪に関してはついつい止めてしまった。
せっかく可愛いのに切ってしまうなんてもったいない。
どうせ彼のことだからショートで可愛くまとめる、なんてことはせず「楽だから」で適当に狩るだろうし。
「璃勾。髪切るにしても美容室に行きなよ? 床屋さんじゃなくて」
すると案の定、親友はものすごく嫌そうな顔をした。
「えー。やだよ、面倒くさい」
床屋のおじさんだってこんな美少女がいきなり来たら困ると思うのだけれど。
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