魔王様プライバシー!クライシス!



 サルートとお茶をした翌日。


 まだ演習終わりの休みの昼間に私はとある事をしていた。



「敵の首魁、魔王ね····· どんなヤツなのかしら」


 それは、昨日サルートが言っていた『魔王でも暗殺出来るんじゃない?』という言葉から思いついた、『千里眼を使えば魔王を見れる説』の検証だ。



 魔王は確か、ここより東方にあるほぼ島になっている細長い半島あたりに古来から存在する魔族の国に居るはずだ。


 私が産まれる前から小競り合いが続いているのだけど、ここ最近は争いが激化しているらしい。


 その国のトップこそが魔王で、本人もかなり強いという噂があるが、真偽は不明だ。

 そもそも人相書きは出回っているけれど、巨漢だったりゲル状のバケモノだったり好青年だったり美女だったり獣だったり龍だったりと、そもそも多分魔王の顔を誰も知らない。



「ふふ、だから見てやるわ····· 『千里眼』」


 私の前に現れた画面は寮の部屋を写し、そして外の光に沿うように空高く舞い上がってはるか東方にある魔王の国へと向かっていった。





「·····魔王城、どこかしら」


 が、迷っていた。

 そもそも魔王城がどこにあるか、私は知らない。


 けれど魔王の城なのだから、禍々しく黒いオーラを放っていて、変に捻れた尖塔が乱立しているデカい城よね。


 ·····そう思って探しているのだけど、見つからないのよ。


 空から目標を探すのって難しいわね·····



「あっ、火山の山頂に大きいドラゴンが居るわ····· 相当強そう····· いえ、あれは人が手を出していい存在じゃないわね」



 その代わり·····にはならないけれど、大きな火山の山頂に、強大なドラゴンが寝ているのは·····


「っっ!!?」


 ぞあっ


「見つかった·····?」


 そのドラゴンが一瞬目を開き、を見た。

 ·····千里眼にではなく、に。


 バレている。


 まずい、これ以上は見てはいけないわ。


「っ、撤退ね·····」


 慌てて千里眼を移動させると、ドラゴンは気怠げに目を瞑り再び眠りについた。



「·····ふぅ、一気に変な汗が吹き出したわ、あれは桁違いね」


 ルクシアは汗を拭いながら、魔王城の捜索を再開した。





 そして1時間弱ほど探し回った結果·····



「·····これかしら?とてもじゃないけど城には見えないわ」


 それらしき建物が見つかった。



 高さは約500イェド、横幅は200と縦幅100イェドのひし形で横から見ると綺麗な三角形をしている。

 そしてその数十倍はある巨大なひし形の湖の中央に聳えたっている、黒い凸凹のほぼない建物だ。


 一応、普通の城みたいな部分はあるけれど、幾何学的な形状だから違和感しか無い。



「·····魔族って何を考えているか理解出来ないわ、変な美的センスね」


 ルクシアは魔王のセンスを疑った。



「まぁいいわ、早速魔王でも見てやるわ」


 更に魔王にプライバシーの危機が訪れた。



「さて、何処かしら·····」


 私の千里眼はあっさりと魔王城の中に潜り込み、バレることも無く光を伝って城の中を駆け巡った。


 ·····まぁ、魔王が何処にいるかなんて知らないから、時間をかけて探すしか無いのだけど。



「あっ、もしかしてコレかしら?ふぅんゲル状のバケモノなのね」


 あっさり見つかった。


 廊下をゲル状のバケモノが動き回り、周囲を部下のような兵士が取り巻き、魔王に向けて兵士が盾や武器を突きつけて外に押し出そうと·····


 ·····?


「·····違うわね、城に迷い込んだ巨大スライムかしら」


 違った。

 普通にスライムだったわ。


 ちなみにこの時、魔王城ではゴミ処理施設から溢れ出したスライムが逃げ出して大騒ぎになっていたのだが、それをルクシアが知る由もない。



「なんだか慌ててるわね····· あっスライムが」


 そして千里眼の向こうで大惨事が起きていた。

 ゴミを捨てすぎて成長しすぎたスライムがドアから溢れ出し、廊下に悪臭をばら撒きながら兵士たちやメイドをなぎ倒して城の中を暴走しはじめた。



「·····意外と魔族も人間らしい動きするのね」



 魔族は人間を食う事もある、冷酷非情な魔物のような存在だと思っていたのだけれど、案外私たちと変わらない存在なのかもしれない。


 というか臭そうね·····

 メイドがえづいてるわ、あっ吐いた。


「見ていて心地がいい物でも無いわね····· うん?あの兵士、何処へ行くのかしら」



 そんな阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、兵士の1人が慌ててどこかへ向かい始めた。


 それに何かあると直感で感じた私は、その兵士について行く事にしてみた。



 兵士は入り組んだ城の中を走り、しばらく移動すると豪華な扉のついた部屋へとたどり着いた。


 ·····明らかに、魔王が居そうな部屋ね。



 そして魔族は慌ててドアをノックすると、返事か来たのか大急ぎでドアを開けて中へと入った。



「へぇ、王の間だと思ったのだけど、執務室だったのね····· あっ、もしかしてこの人が魔王かしら」



 部屋の中は執務室になっていて、落ち着いた重厚感のある部屋の机の向こうに、それは居た。


 明らかに威圧感が他の魔族とは違う、捻れた禍々しい黒い角にが鈍く光る銀髪の合間から空に向けて伸び、豪華では無く実用性に富んだ服に身を包んだ彼が魔王だとすぐにわかった。


『〜〜〜〜〜〜!!〜〜〜〜!!!!』

『ーーーー!!?!?ーーー!!ーーーー·····』


「·····あら?」


 が、魔王らしき人物は、さっきスライムに襲われた兵士からの報告を受けると頭を抱えて指示を出し、机に突っ伏してしまった。


 ·····思ったより大惨事になってるのね。



 ちなみに現在の魔王城は、下水処理場スライムが大雨の影響で溢れ返って城内に逆流して大惨事になっている真っ最中だ。

 具体的に言うと、城中にえげつなく臭く汚いスライムが跋扈する地獄になっていた。


 そりゃ魔王だって頭を抱えるに決まっている。



「·····本当に強いのかしら」


 が、あまりにも想像と違う姿を見てしまったが故に、ルクシアは魔王の実力を疑っていた。


 いや、部下がやらかした時の上司のように胃が痛そうにして活力も無く眉間に皺を寄せた苦悶の表情をしていれば、誰だってそう思うだろう。



『·····』


 が、次の瞬間だった。


 魔王の部屋へと汚水スライムがドアをぶち開けてなだれ込んできた。


 と同時に魔王が指パッチンをすると、瞬時に城内のスライムが全て消し飛んだ。



「い、今のは何なのよ····· 指パッチン1つで、あの規模の魔物だけを全部吹き飛ばせるというの·····?」


 遠隔で見ていたからかもしれないけれど、光速でも見える私の視界で何をしたのか全くわからなかった。

 ·····やっぱり、魔王は別格の存在なのね。



「あれ、でも相当消耗してるのかしら····· ソファで横になったわね·····」


 が、あの技は相当な消耗があるのか、頭が痛そうにしながら魔王は着替えもせずソファに横になり、眠ってしまった。


「暗殺できそうな隙はいくらでもあるけれど、流石に不憫すぎるわね····· やめておきましょう」



 汚水スライムに城内を荒らされて魔王自ら対応せられて、これで暗殺までされたら流石に魔王でも不憫すぎた。

 ·····魔王がやった事を思えば容赦する必要は無いかもしれないが、ルクシアの中では不憫さがそれを上回り、暗殺はまたの機会にしたのだった。





 なお数分後、寝ようとしていた魔王は身体中どころか城がかなり臭ったせいで飛び起き、城内の魔族総出で風魔法を使い魔王城の換気をする羽目になったのだが、ルクシアは知る由もない·····

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