光、届かぬ地



 あれから30分後、私は沖合い10イェドくらいの場所で海面にぷかぷかと浮かんでいた。


 ·····そう、海水が目に染みる問題の解決策を見つけたのよ。



(こうすれば良かったのね、本当に千里眼は便利だわ)


 目を開けると染みるのだから、目を開けなければいいのよ。

 光魔法で目の中に直接目の前の光を送れば、目を閉じていても景色を見る事が出来るわ。


 本当に光魔法は便利で凄くいい魔法ね。


(ふふ、海底までよく見えるわ)


 更にその恩恵はまだあって、視力の悪い私でも魔法がメガネ代わりに····· まぁあの置いてきたメガネも魔法で視力補正しているのだけれど、今は無しでも綺麗に見えているわ。


 そうねこっちの魔法はコンタクト接触型と呼ぼうかしら。



(それにしても、南国の海は本当に綺麗ね····· こんなに色とりどりだなんて)


 コンタクト魔法を使っている私の視界には、非常に美しい景色が映り込んでいた。

 海底にはサンゴ·····であってるわよね?が広がっていて、色とりどりの変な魚が泳いでいる。


 こんな景色に心躍らない訳が無い。


(私も潜って一緒に泳いでみようかしら、1度呼吸を整えて····· ふぅ、何分潜れるかしら」


 ざぶんっ


 私は呼吸を整えて息を吸い込むと、一気に海底まで潜


(·····?)


 潜り·····っ


 ざぶざぶっ



(·····???)


 潜っ····· れないわ。

 なんでかしら?



 が、ルクシアは潜れなかった。

 それもそのはず、彼女の胸には立派な浮き袋が2つ引っ付いているのだから。


 人間の乳房は人体よりも若干軽く、海水の浮力を強く受けやすい。


 更にルクシアの乳房は大きく、片方で1kgで合わせて2kgもあるため、普段から肩こりにかなり悩まされていた。

 が、最近のルクシアは胸に対して重力魔法を使い、比重を半分ほどにしていた。


 そのお陰もあり最近は絶好調だったのだが、海水浴ではそれが仇となった。



 胸に発泡スチロールの塊を付けているようなモノだと考えると、その潜りにくさがよく分かるかもしれない。



(そうよ、重力魔法で体重を増やせば潜れるはずよね、『荷重』)


 が、ルクシアは重力魔法で体を重くすることで無理やり解決してしまった。


(我ながら妙案····· っっっ、忘れてたわ)


 しかし同時に、胸にかけていた重力魔法のことにも気が付き、日焼けしたてのように顔を赤く染めながら、海底へと潜って行った·····





(面白いわ、あっこれ綺麗な貝ね、貰おうかしら)


 その後、ルクシアは海底散策を楽しんでいた。


 泳ぐと言うよりも、増加した自重で海底を歩くように移動しているのだが、特に問題なく楽しんでいるようだった。



(ふふ、魚も寄ってくるわね、こんな体験ができるなんて思ってなかったわ)


 片手に餌になりそうな物を握りしめて入ったお陰で、魚が集まってきてくれたわ。

 ふふっ、ほんと警戒心が無いわね?私がちょっと光線を当てれば簡単に命を奪えるというのに。



(あっ、あの黒っぽい色の魚、すごく美味しそうな感じがするわ、手土産に狩ろうかしら)


『!?』


 ·····でも意外とちゃんとしてるのね、殺気を感じとったらすぐに逃げたわ。


(っ、そろそろ息が限界ね····· 『質量軽減』)


 という所で、私の息が限界に達した。


 水面までは6イェドほどで、微妙に息が持たない気がした私は体の質量を軽減して、その浮力ではじき出されるかのように水面へと浮上した。




 ざばっ


「ぷはっ はぁ····· はぁ····· あぁ楽しかった、もっと長く潜れる方法は無いかしら·····」



 だいたい4分は潜れたかしら?


 ちなみにルクシアは肺活量が凄まじく、最長で5分は息を止めていられる。

 元々この世界の人間は自然と身体を魔力で強化しているため、体内に酸素を多く貯めておける性質はあるものの、それでもルクシアの肺活量は凄まじい物だった。


 ·····が、それでも海はほぼ初体験のルクシアは満足できず、もっと長く潜る方法を探し始めた。



 そしてあっさり思いついた。



「あっ、『ルクシオン』中は息をしなくても平気だったわね、もしかしたら水中でも使えるんじゃないかしら」


 それは、大気圏外でさえ飛行できる光速移動魔法『ルクシオン』を活用する方法だった。


「じゃあ早速·····『ルクシオン』っ」


 ピカッ!

  ヒュンッ!


 光へと転じた私の体は、一瞬で海底へと到着してしまった。


(ええと、·····成功ね、やっぱり光速魔法は本当に便利なのね)


 呼吸を必要としなくなった事で、私はやっとのんびりと水中を探索できるようになり、ウキウキしながら近くに集まってきた魚·····



(·····?居ないわね)


 が、居ない。

 むしろ私から逃げていってるわね·····


 なんでかしら?


(もしかして、光に怯えさせてしまったかしら·····)


 がしかし、眩い閃光を放つルクシオン中のルクシアに魚は驚き、皆逃げてしまった。

 本末転倒である。


(はぁ····· 魚と戯れるなら素潜りするしかないわね····· じゃあ海底探索にするわ)


 魚と戯れるのは無理と悟った私は、逃げることの無い海底地形を探索して遊ぶ事にした。



(不思議な景色ね、珊瑚とか海藻が入り乱れてこんな豊かな景色になっているなんて····· ふふ、真珠でも落ちてないかしら)


 海底の地形は見た事の無いものばかりで、魚が集まらなくても私の目を楽しませてくれた。


 その後も、少し深い水深15イェド近くを潜ってみたり、環礁内をくまなく巡ってみたりして、夕方になるまでずっと水中を探索し続けた。






「なっ、何よこれぇっっっ!!?!?」

「お?マーマンか?」


「なんで私の体が青くなってるのよ!?」

「いや知らねぇけど·····」


 が、問題が起きた。


 水中から上がった私の体は、なぜか真っ青になっていた。

 水に入りすぎて体が冷えて青くなってるとかではなく、冗談抜きで海の色みたいに真っ青になっていた。


 そして近くにいた漁師がツッコミを入れた。



「も、もしかしてこの海って青色の染料でも流してるから青かったりするかしら·····」

「ンな訳あるか、ほら見ろコイツなんか真っ赤だろ」


「·····赤いわね」



 そう言って漁師が見せてきたのは、さっき美味しそうだと思った灰色っぽい魚····· と同じ形なはずなのに、真っ赤に見えるわね。


「あー、水中だとな?だいたい10イェドくらい潜ると赤色が見えなくなんだよ」


「それはどういう·····」



 説明しよう!


 海水を含む水(H2O分子)には、赤色のスペクトルをもつ光を吸収しやすい性質がある。

 そのため、水中に存在する赤色の魚は目立つように人間の目では感じるが、実際は赤色は届かないため灰色に見えるのだ。



「·····つまり、光になって潜っていたから赤色の光が吸収されて、戻った時に赤色が抜けてしまったという事かしら」


「いや、そうはならねぇだろ」

「なってるじゃない」


「·····なってるな」



 そして光になり水中を探索したルクシアは、体から海水に赤色スペクトルを吸収されてしまい、戻った際に赤色スペクトルが欠損した状態だったため、残る色だけで体が構築されてしまった。


 ·····実際は漁師の言う通りそんなことは起きる訳が無いが、魔法だから起きてしまった。



「·····もしかして、その魚を食べたら赤色が戻ったりしないかしら」


「いやこれ商品だからやらねぇよ」


「そうよね····· 幾らかしら?」

「これから競りに出すから売れねぇよ····· そこら辺に落ちてる赤い海藻でも食えばどうだ?」


「嫌よ」

「美容に良いらしいぜ?」

「少し気になるけど、食べないわよ?」


「だろうな」


「·····はぁ、仕方ないわ、少し冷えたから日光浴でもしてから帰るわ、·····本当にこの体の色、どうしたらいいのかしら」



 真っ青ルクシアは茜色に染る夕焼けの砂浜でぼんやりと座って、夕日と共に途方に暮れる羽目になってしまったのだった。








 なお、夕焼けの赤い光を浴びた事で30分ほどで色は元に戻った。

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