演習3日目 逃げろ脱兎の如く



『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


「完全に怒ってるわね」


 ドラゴン

 それは地上最強の生物の一角を成す、魔物界の覇者だ。


 たった1体のドラゴンによって一夜で国が滅んだという伝説もあるほど危険で、もし出くわしたら倒すなんて考える時点で死ぬ。

 即座に隠れ、どこかへ行くまで隠れるしか助かるすべはない。


 だがもし見つかってしまったら?

 そしてそのドラゴンが怒り、狙って来ていたら?


 その時は·····


「もうだめだぁ、おしまいだぁ····· せめておいしく食べてぇ·····」

「何言ってるのよルビー!貴女なんておいしくないわよ!!」


「せめておいしいって言ってよぉ·····」



 もう、諦めるしかない。



 現にルビーはもう食べられる時の想像をしているほど、ドラゴンは危険だと徹底的に教え込まれているのだ。


 更に、危険な魔物が出現した際には教員たちも助太刀に入るのが暗黙の了解になっていたが、その教員たちでさえドラゴンを倒す事はおろか撃退さえ危険なため、手出しをできずにいた。



 つまり、彼女たちに待ち受ける運命は全滅だけだった。



「はぁ····· まったく、仕方ないわね」

「ルクシアはん何か妙案あるんか!? 一撃でズバーっと倒せる案とかか!?」


「私一人なら余裕で逃げ切れるのよね·····」

「まさか僕たちを見捨てる気か?」


 ちなみにルクシアだけは例外だ。


 秘密の自己鍛錬を行うために行った洋上の孤島がドラゴンの巣で、ガチギレさせて逃げたことがある。

 相手はかなり上位のドラゴンで国を軽く滅ぼせる程強い相手だったが、光速には到底追いつけないどころか視認さえできず簡単に逃げ切れた。


 故に今回も仲間を見捨てればルクシアだけは逃げ切れるだろう。


 だが彼女はそんな非道な事はしない。



「するわけないじゃない、そんなことしたら寝起きが最悪の気分になるわ」

「ならなかったらするんだ·····」


「しないわよ?」


『ゴアアアアアアアア!!!!』

「ってマズいわ、攻撃が来るわ!!!仕方ないわねっ!私が相手するから皆は逃げて!」


「でも·····」

「アイツならたぶん大丈夫だ、急いで教員たちの所に逃げるぞ」

「そうするですわ、皆!ルクシアさんに任せて逃げますわよ!!」



 むしろ、いつでも逃げ切れてドラゴン相手でも足止めができる自信がある彼女は、自ら囮になり皆を逃がす選択をした。


「マジで大丈夫か?」

「えぇ、当然」


 ルクシアは木刀を引き抜くと、たった一人でドラゴンへと立ち向かった。


 そしてその殺気にドラゴンも反応したのか、一旦攻撃を中断し10人の群れとして見ていた所を残ったルクシア1人へと視線を移した。


 ズゥゥウウウンッ·····



『カロロロ·····』

「凄い迫力ね」



 私の目の前に降りて来たドラゴンを見た感想を言うと、大きい、の一言に尽きた。


 口は高身長の私を一口で食べられるほど大きく、威圧感のある黄金色の瞳はその視線だけで獲物を仕留めそうなほど鋭く、その全身を覆う鱗は並大抵の鎧甲冑よりも堅牢だ。

 ·····ただの木の剣ごときで勝てる相手ではない。


 でも、光の速度なら·····!


 ルクシアが動こうとしたその瞬間、ドラゴンがその顎を開いて咆哮を放とうとした


『ゴ』

「黙りなさい」


 ドッゴアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!


 瞬間、ルクシアの亜光速の蹴りがドラゴンの顎へと直撃した。


『ガッヴァ!?!?!?!』

「あら、頭が砕けると思ったのだけど·····」


 今回の蹴りは光速の約10%という、核攻撃級の一撃をドラゴンの顎に直撃させたはずだった。

 しかし蹴りはドラゴンの頭をカチ上げただけで、大爆発も発生する事は無かった。


「なるほど、衝撃を何処かへ飛ばしたのね·····」


 その代わり、空を向いているドラゴンの顎の下には六角形の結界が合わさった物が展開され、爆心地のみ捻じれたかのような形状になり何処かへ消えて行っていた。



 そう、ドラゴンが最強と言われる所以は、その強力な魔法の能力にある。

 上位のドラゴンになると体の周囲に空間属性魔法を付与された強固な結界があり、ドラゴン同士の争いで発射されるブレス攻撃を受け止めるその結界は、物理障壁に加え受けた熱量と衝撃と魔力を魔法により空間を湾曲させ虚空へと受け流す事で威力を軽減できる。


 仮にドラゴン相手に核攻撃をしたとしても、直接的な熱や衝撃は全て吸収され無効化され基本的にダメージが通らないほど強い。


 弱点も無い訳ではないが、今回の場合は衝撃を自動的に受け流された事によりほぼダメージは通らなかった。



「でも通るには通るのね」


『ガァァァアアア·····』


 が、その結界を10%程度の速度で蹴って貫通するルクシアの蹴りは、完全に常軌を逸していた。

 その空間湾曲結界でさえ吸収しきれず、更に奥にある物理障壁を超えてルクシアの蹴りはドラゴンへと直撃していたのだ。


 例えるなら、17世紀ごろの銃であるマスケット銃が、現代の戦車の爆発反応装甲も分厚い装甲も貫通して重い車体を吹き飛ばしたと言えば、その異質さがわかるだろう。



「この程度の威力でダメージが通るなら倒せそうだけれど·····」

『ガァッ!』


 ブオオォォォンッ

 ドッガアアアアアアアアアンッ!!


 ルクシアが何やら悩んでいると、ドラゴンが巨大な爪の付いた数mはある腕を振り下ろした。

 そしてルクシアへと直撃し、瞬時にルクシアは地面と手に潰され見えない程にまで圧縮されてしまい、即死·····


「たぶん倒すと色々面倒なのよね·····」

『ガ!?』


 するわけもなく、直撃の一瞬前に光速移動をして回避していた。


 そして何に悩んでいたかというと、このままドラゴンを倒してもいいかどうかだ。

 もしここでドラゴンを倒してしまうと、あっというまに英雄に仕立て上げられ、素材は国が買い取るために交渉に来たりドラゴンスレイヤーとして勲章を与えるためにアレコレしたり、最悪の場合もう即卒業で領地のある貴族にさせられるかもしれない。

 (※なお実際はドラゴンを倒すだけでは貴族扱いにはならない、町が襲われているのを救う等の条件があると貴族扱いの勲章が貰える)


 だが、どちらにせよドラゴンを倒すととにかく色々と面倒な事になるのに間違いはない。



 ルクシアは得られるメリットと、被るデメリットを天秤にかけた結果倒すのは辞める事にした。


「そうなると手段は一つね、·····追い払うわ」

『ガアアア!』


 しかし、攻撃されて脳震盪を起こしたドラゴンの思考が冷静なわけがなく、完全にブチギレているドラゴンを追い払うのは下手をすれば倒すよりも難しい。


 が、ルクシアには秘策があった。


「私たちは光を見て物を認識しているのよね、だったら偽の光を見せれば誤認させられるわよね?『フィクショナル・ホログラム』」



 この地上に存在する生き物の大半は光を用いて現実を認識している。

 つまり、光を操れる彼女なら嘘の光景を投影する事で相手に事実を誤認させる事だって可能なのだ。


 そしてルクシアがイメージしたのは、かつて孤島で怒らせた最上位のドラゴンだ。



 ·····マズいわね。

 あのドラゴン、どんな見た目だったかしら?


 あんまり覚えてないのよね····· 仕方ないわ、うろ覚えの部分は私の頭の中でなんとか書き足して補完するしかないわ。

 ええと····· 頭はこんな感じで、だいたい腕がこういう風に伸びてて先は爪があって····· 角もなんか数本あったわよね?それに目つきが恐ろしかったわ、首が長くて羽が生えていて四本足だったわね、あと火も噴いていたわ。


 完成よ、こんな感じだったわ!!



「うろ覚えだけれど、ドラゴンってこんな感じだったわよね?どう?怖いかしら?」


『キャオオオアアアアアアアアッ!?!?!?!!?!ギャオア!ギャーーーーー!!!』



 それと同時に、誇り高き世界最強のドラゴンが異常なほど怖がりガタガタ震え出し、涙目になって物凄く情けない悲鳴をあげながら尋常では無い速度で逃げ出した。

 まるでこの世のものではないバケモノでも見てしまったのか見てはいけない物をみてしまったと感じているのか、ドラゴンは一切ルクシアの方を見ようともせずに去っていった。



「·····そ、そんなに恐ろしい見た目だったかしら?いえ、普通にドラゴンよね」


 ルクシアは普通にドラゴンを書いたつもりだったが、実際に出現していたドラゴンは·····




 とにかく、とにかく本当にヘタクソだった。




 そう、彼女はいわゆる"画伯"だった。


 初年度に美術の授業を取ったが、たった数日で先生からもう二度と見たくないと言わしめて同時に行われている格闘技の授業に変更させられたほど酷い絵は、ドラゴンがしっぽ巻いて逃げるレベルだった·····






【オマケ】

ルクシアの画伯レベルは、某国営放送局の子供向け番組で描かれた放送事故クラスの絵や、某人気男性アイドルグループ(解散済み)のN氏が描いたキリン級。

閲覧注意クラスの酷さ。


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