演習2〜3日目 夜襲



 それは隊の皆でブルファー料理を満喫し、寝ようかと女子用のテントの中で体を拭いている時に発生した。



「·····げっ、マズいわね」


「どうしたの?」

「いやー、ブルファー美味かったと思うんやけどなぁ·····」

「どこがダメでしたの?」

「あの、体拭いてるの途中で止めない方が·····」



 私は着替えながら他の分隊の様子を見ていたのだけれど、第2分隊が非常にマズい事態に陥っていた。


 ·····いえ、本人たちはまだ気が付いていないのだけれど、偶然私が先に見つけてしまったのよ。



「第2分隊が、ワイバーンに狙われてるわ·····」


「えっ!?」

「ヤバいですわ」


 どうも第2分隊が焚いてる焚き火に、翼竜のワイバーンが引き寄せられたのか上空を旋回していた。


 サイズはあまり大きくなさそうで23フィトほどの未成熟個体のようだけれど、それでも非常にマズいわ。


 あのレベルのワイバーンは、熟練の軍の分隊ならまだしも私たち学生で倒せるような相手ではないわ。

 ·····マッハが居れば何とかなるかもしれないのだけれど、第2分隊には彼は居ない。


 一応、皆も訓練はしているから、犠牲を覚悟で追い払うくらいなら行けるかもしれないけれど·····



 だから、かなりピンチだ。



「私が手を出すべきかしら·····」


「えっ、出来るんですの?」

「出来るわよ?」



 たぶんこのままだと、焚き火目掛けて急降下したワイバーンに何人かは踏み潰され、混乱した状態では追い払う事もできず分隊は壊滅するでしょうね。


 ·····他の隊に手を貸すような事は基本しないし、魔族との戦争中に全ての隊を手助けして守るなんて事は出来ない。

 だから、本当なら見殺しにするのが正解なのだけれど·····



「でも、そんな事できる訳ないじゃない····· 私の手が届く範疇なら助けるわ!」



 私はテントの外に出て、光速魔法を使いワイバーンを撃退しようとした。


「待って!ルクシアちゃん!」


「·····何かしら、早くしないとあの子たちが危険なのよ?」

「本当に行くつもり?」


「何よルビー、貴方も今回の演習で誰か死なないか心配していたじゃない、むしろ参加するのを嫌がるくらいにはね?」


「で、でも····· 行かない方がいいよ」

「そうですわね」

「あー、そうやなぁ、行かん方がええわ」

「行っちゃダメだよルクシアさん」


「·····私は行くわ、成績が下がってでも助けるつもりよ」



 なぜか皆に一斉に止められたけれど、私は止まるつもりは無かった。

 こうしている間にも、ワイバーンが襲ってしまうかもしれないから。


 もう一刻の猶予もないのよ。



「待って!本当に待ってよ!!」

「そうですわ!」

「ダメや!行くな·····って力強いな!?」

「ふぎぎぎっ!?私たち4人を引きずれるの!?」


「止め、ないでっ!!」


 皆は本気で私を行かせたくないのか、全員で私の体を掴んで止めようとした。


 けれど、服を着ていないから掴める場所が少なく、全員が手足を掴んで·····


 ·····??


「その格好じゃ、ダメだよ!!!」

「全裸で外に出るなんて非常識ですわ!!」

「さてはアンタ!自分素っ裸なの覚えてないんやな!?」

「外まだ男子いるから!!」


「·····ぁ、〜〜〜〜っ!!!?」



 そういえば、まだ身体を拭いてる途中で今は服を着ていないんだったわ。

 たたたたしかにこの状態で外に出たら大惨事確定だけれど!


 全裸では無いわよっ!?



「ま、前は下だけタオルで隠してるわよ!!?」

『『ほぼ全裸でしょ!?』』


「う、うぐ····· たしかにそうね·····」



 確かにも何も、全裸である。


『·····女子テントが煩い』

『そう言ってお前もルクシア出てきそうな時めっちゃ見てたろ?』

『全員で見たよね····· いや誰でも見るけど』

『不可抗力だよな』

『出てこないかぁ·····』


「っ、〜〜っ!!」



 しかも最悪な事に、そういうハレンチなハプニングに目ざとい男子たちがすぐ側に居て、テントの中に居た連中までテントから顔を出して、ソレをひと目見ようと耳を傾けていたらしい。


 もしあともう数歩前に出て、テントの入口を開いていたら、最悪の事態に陥っていただろう。


 だが、羞恥心が爆発しかけているルクシアの頭の中はもう既に最悪の事態に陥っていた。



「·····なさい」


「え?なんやて?」

「聞こえませんでしたわ」


「忘れなさい!!忘れなさいって·····言ってるでしょっ!!!!」


 キュィィィィイイイイイイイイイッッッ

 ッッッギュォォォオオオアアアアアアン!!!


「ギャワーッ!?ですの!!?」

「ウギャーッ!?」



 ルクシアの顔が羞恥心で限界まで真っ赤になった瞬間、限界を超えた羞恥心が光に変換されたかのように光の大爆発を引き起こした。


 そしてその光は、もはやSF映画に登場する陽電子衝撃砲の如き収束光へと変化し、テントの屋根の1部に大穴を開けて青白い爆閃を煌めかせながら、あらぬ方向へと飛んで行った。




 同時刻

 第2分隊キャンプ地上空。



『クルルル·····』


 幸運だった。

 寝床に帰ろうと飛んでいたら、偶然小さなサル共が火をおこして集まっていた。


 格好の獲物だ。

 小さくて腹には貯まらないけど、あの魔力量は魅力的だ。

 寝る前の夜食にはピッタリだ。



 第2分隊の上空を旋回するワイバーンは、そんなことを考えながらいつ襲うかタイミングを見


 ズギャァァァアアアアアアンッ!!!

 ッッドガァァアアアアンッ!


『ワギャワバッ!?』


 刹那、ワイバーンの顔面にSF兵器のごとき極太レーザーが直撃し、あまりの衝撃に錐揉み回転しながら遥か彼方まで吹き飛ばされた。


 ·····もしルクシアがちゃんと狙撃していたなら、頭が瞬時に蒸発して消し飛んで絶命していた。


 が、羞恥心から来る暴走により放たれた光の束は威力が足りず、頑丈さだけならドラゴン級と言われるワイバーンの顔面を貫く事が出来なかった。



『ワギャバ····· ギャウ?!』


 それでも激しい衝撃は来たようで、顎をカチ上げられるようにぶつかったせいで結構しっかりと脳震盪を起こしていた。

 更に、一瞬周囲が昼間のように明るくなるほどの閃光が直撃した事で、ワイバーンは一時的に視力を失って、かなりフラフラと飛んでいた。


 その結果何が起きるかは火を見るより明らかだ。


 ひゅー·····

 ゴチンッ!!!


『ギヮバーッ!!?!?』


 前が見えなくなったワイバーンは切り立った崖に顔面からモロに衝突し、起こしていた脳震盪をさらに悪化させて完全に気を失ってしまった。


 ドゴォンッ·····


『ヮ····· ヮァ·····』


 ガクッ·····


 その後、ワイバーンは崖の下で翌日の昼くらいまで目を覚ます事は無かった·····


 結果的に、ルクシアの羞恥心による暴走は第2分隊の危機を救ったのだが、それに気付く物は誰も居なかった。





 3日目 早朝



「·····」


 ドガッ!!


「あーあ、ありゃ相当怒ってんな」

「結構根に持つタイプだからね、ルクシアちゃん」



 翌朝のルクシアは、かなりキレ散らかしていた。

 というのも、今日のルクシアとルビーの見張りは1番最後で、昨夜の件と寝不足なのも相まってルクシアのイライラは頂点に達していた。


 ·····もう1つ理由もあるが、プライバシーとデリカシーの為に、そして彼女を更に怒らせないよう言わないでおく。



「はぁ、ムカつくわ」

『·····』


 隊員が野営の撤収をしている間、ルクシアはひたすら何か殴ったり蹴ったりしていた。


「うげぇ、ルクシアちゃんとマトモに殴り合うとそうなるんだ·····」

「流石、学院最強クラスの格闘家だぜ·····」


『·····』


 それはゴブリンだった。


 今回の野営で襲ってきたのはゴブリン1匹だけで、明け方にイライラしながら見張りをしていると1匹だけ寝惚けたゴブリンが現れたのだ。


 泉で野営していたため、顔でも洗いに来たか水を飲みに来たようだった。


 そして明け方になり光学迷彩領域を解除していたため、分隊はゴブリンに見つかった。



 ゴブリンからすれば、泉のほとりに巨乳の美女が居座っているのだから、朝食から豪華なディナーなくらい最高の獲物を見つけた気分になっただろう。


 ちなみにこの世界のゴブリンも例に漏れずR18な事をする魔物だ。

 ただ、積極的にやろうとする魔物ではない事だけは救いだろう。



 だがゴブリン殺すべし慈悲は無い、とばかりに、ゴブリンを見つけたルクシアは出会い頭に、最近足が太くなったと悲しんでいる内容量の大半が筋肉の太い足で強烈な蹴りを叩き込んだ。


 その威力は凄まじく、体長1m 体重15kgはあるゴブリンが数mは飛ばされる程だった。



「アレはほんと怖かった····· みんな見てないかもだけど、執拗に蹴ったり殴ったりするルクシアちゃんの顔ほんとに怖かった·····」


「·····僕、もうアイツに逆らうのやめよ」


 その後、動けなくなったゴブリンをルクシアは執拗に蹴り殴り、溜まりに溜まったストレスを全部ぶつけた。

 そのおかげで、頭にのぼっていた血はかなり下がり、適度なストレスが逆にルクシアの頭を活性化させ普段より調子が良くなった。



「ふぅ、少しスッキリしたわ、ふふっ清々しい朝ね?高原の朝は好きよ」


「そ、それで”少し”·····?」

「これじゃ討伐の証拠も出せそうに無いな」



 高原の朝は清々しいとか言っているが、その足元には明け方から今まで数時間サンドバッグにされた絶命したゴブリンが転がっていた。


 ·····いや、もはや内出血やらで緑色の皮膚の色さえ変わるほどに殴られ全身粉砕骨折で全身から出血した無惨な肉塊と言った方が適当だろう。



「さぁ、それじゃ今日は最終日よ、皆張り切っていくわよ!·····皆、なんでちょっと距離を置いてるのよ」


「だって·····」

「怖いし」

「ぼ、僕たちもアレみたいに殴り回さないよな?」

「普段お淑やかなルクシアさんの凶暴な1面、ちょっと憧れますわ!!」

「おいオーロラはん、アンタだけズレとるで?」


 その結果、ルクシアは隊員から割とガチで怖がられてしまった。



「·····私だって傷つく事もあるのよ?いえ原因は私なのだけれど」


 そしてルクシアは割とショックを受けながら、清々しさと血なまぐささの漂う演習3日目が始まった。

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