演習2日目 峠越え



「·····やっぱり先生方は見てたのね」


「だろうね、じゃないと評価できないし」

「急に現れた時は驚きましたわ」

「居るなら早く言ってほしいんだけどな」


 結論から言うと、あの魔物は先生方が何処からとも無く現れて回収していった。


 どうやら遠くから魔法で見ていたようで、解体しきれなくて必要な素材と魔石だけ取って後は光速魔法の攻撃で消し飛ばそうとした所で止めが入ったのよね。


 本来なら手出しはしないのだけど、素材が勿体ないから回収すると言っていたわ。



「う、うわぁ····· 凄い激戦の跡やなぁ·····」

「こんなパワーで殴られたら助かる自信ねぇな」

「いや誰でも耐えられないでしょ」

「最近西の方から来てるっていうユーシャ?って人、ゴーレムに蹴られても無傷だったみたいだから耐えられるかもよ」

「それ本当に人?」


 そんな事もあったが、戦闘中に休憩を終えた皆と合流し、私たちは峠越えをしていた。

 丁度今、さっきガルドイェブが居た場所を通り抜けた所で峠まではあと50イェドほどにまで近付いていた。


「·····片方、というより大きい方は私が踏み込んだ跡なのよね」

「え、そうなの?」


「まだ光速魔法を上手く制御しきれてないのよ、軽くターディオン亜光速化して踏み込んだだけで地面が陥没するとは思わないじゃない」

「·····ぶっ飛んでるもんね、その魔法」


「最高でしょう?」

「ま、まぁそうだけど·····」


 実はこれでも結構制御できるようになった方なのよ?

 最近よく使うから慣れてきたけれど、その前なら踏み込みの反動で何処かに吹き飛んでいたでしょうし。


 でも長く使えば馴れてきてもっと上手く使えるようになるはずだわ。



 だってフィジクス先生が言ってたもの、光には無限大の可能性があるって。

 \言ってねぇよ!!/



 遠く離れた魔法学校でフィジクスが反射的にツッコミを入れたが、ルクシアに聞こえる事はなかった。



「·····本当に峠のど真ん中に陣取ってたんだな」


「丁度この辺りから下りになってますわね」

「うげぇ、重い荷物背負って下るの結構キツいんだよな·····」

「膝にくるよなぁ、ウチもキツいわー」

「わたしは登りの方が苦手かも」



 そうこうしている内に、ルクシアたちはついに峠の最高地点を超え山脈の反対側へと踏み込んでいた。

 この辺りになると森林限界も近く、木々の高さも低くなり少し見晴らしが良くなっている。


「周囲がよく見えるわ····· ん?あれって·····」

「何かあった?」


「私たちの学院ね、·····結構離れているのね」


「え?·····見えないけど」

「どこだ?」

「ルクシアって目が悪かったんじゃ?」

「まさか、高山病で幻覚見てるんじゃ·····」

「それは大変ですの!!」

「あれ、高山病じゃ幻覚見なかったような·····」


「·····光魔法で視力を底上げしてるのよ、だから見えたわ」


 ここから見ると、魔法学院のある町ははるか遠く、建物もモゲイアの種(※ネコジャラシみたいな形の香草の種、美味しい)くらいにしか見えない。

 けれど、光魔法で拡大して見れる私にはハッキリと見えていた。


「ふふっ、皆も光魔法が使えたら良かったわね」


「ルクシアさんのは絶対光魔法じゃないですわ」

「珍しくお前と意見があったな、光魔法なんかじゃない」

「自分でも光速魔法って言ってたよね?」

「まっ、どっちでもいいんじゃね?俺達には使えねーし」


「·····ペース上げてくわよ、麓近くの泉のそばまで結構あるから日暮れに間に合わなくなるわ」



 私は腹いせに下山のペースを早くしてやった。

 ふん、自業自得ね。


 なお、このあとちゃんとペースは戻して安全に下っていった。





 1時間と少し経ち、私たちは小休止していた。


「魔物倒すより、小川見つける方が大変やったなぁ」

「血とか流せないからな」

「あっ、心臓ハツですわ!後で焼いて食べますわ!!」

「·····オーロラちゃん、時々野蛮なこと言うよね」



 小休止した理由は、殿を務めていたヘンチがたまたま牛系の魔物、ブルファーを見つけて狩りに行ったからよ。

 ブルファーは羊のような毛を持つ牛の魔物で、少し癖はあるけれど脂の乗った上質で柔らかい肉は高値で取引される、見掛けたら狩りたい魔物ね。


 ギルドでも1匹まるごとで80万イェンくらいの値が付いていたと思うわ。



「大人しい魔物って聞いてたんだけどな·····」

「いや、襲われたら普通反撃してくるでしょ?」

「あの突進、痛そうだったなぁ」

「全然平気だったわよ?」


 そして今回は、私がやると肉をダメにしてしまう気がしたから皆に討伐を任せたわ。

 それに前2回は私だけで倒してしまったから、全部やってしまったら皆の訓練にならないもの。


 まぁ、途中他の隊を見ていたら突進を食らって吹き飛ばされたけれど·····



「なんで無傷だったの?」

「私、自動防御のような魔法が常に発動してるみたいなのよ、攻撃を食らったら即座に光に変化して身を守れるのよ」


 光の防御によって、なんとか無事で済んだわ。

 普通に当たっていたら骨折で再起不能になっていたはずだから、不幸中の幸いね。


「おーい、ルクシアもたまには解体手伝ってくれー」

「あっ、それはダメですわ!」

「あー、ルクシアはダメや、ミドルギガントフロッグの解体の授業で起きた惨事、忘れたんか?」


「·····やめて頂戴?不器用なのよ私」


 ちなみにルクシアは魔物の解体は下手だ。

 授業で解体の実習をして、なぜか死んだはずの人間サイズのカエルに頭から丸呑みにされた程下手くそだ。


 いや、もはや下手くそという領域を超えていた。


 だから今回の演習でも、ルクシアは解体にはほぼ参加していなかった。

 だってロクな事にならないから。


「いいじゃない、解体に参加出来ない代わりに一応周囲の警戒をしているのよ?」


「·····ならいいか」



 でも何もしないのも良くないと考えたルクシアは、周囲の警戒をする事で分隊に貢献していた。





 今回倒したブルファーは、ガルドイェブと違い解体しきれるサイズで、更に全身の肉だけでなく内臓まで美味しい魔物のため、解体にはかなり時間を要していた。


 ちなみに骨もいい出汁が出るから高級食材だ、子牛の骨くらい高額で取引されているし同じくらい美味しい。



 つまり何を言いたいかと言うと、今日の晩御飯は豪華なものになるということだ。


 ·····ではなく、解体に時間がかかる分、ルクシアはだいぶ暇を持て余していた。



「森の中って、意外と魔物は多くないのね····· もっと頻繁に襲われると思っていたわ」



 相当な危険地帯でも無い限り、魔物の量は実はあまり多くない。

 ·····正確には、積極的に襲ってくるような危険な魔物はあまり多くない、というだけで温厚でほぼ動物な魔物が大半を占めている。


 その遭遇率は、森の中でクマと遭遇する確率の5倍程度と、高いには高いが数歩あるけば魔物が出てくるようなゲームの中とは違う。



「ん?·····虫にも魔物が居るのね、不思議ね」


 ちなみに虫にも魔物は居る。

 ルクシアが見つけたのは体長3ミリほどのアリの魔物だった。


 小さいくせにルクシアに果敢に挑み、触覚の間にパチパチと弱い静電気を発生させて必死に威嚇していた。



「ふふっ、私に勝つつもりかしら?」

「ルクシアちゃーん、暇だったら····· いや暇でしょ?ちょっと手伝ってー」


「分かったわ、何をすればいいかしら?」

「解体終わったんだけどお肉多すぎるから、ルクシアちゃんも少し持ってくれる?」


「了解よ、持てる限り持つわ」



 私はアリを無視して、解体が終わったブルファーの肉や骨を持って、ようやく今日のキャンプ地に向けて移動を始めたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る