演習2日目 そこ退けそこ退け『光』が通る


「皆は休んでて頂戴、アレは私が何とかしてくるわ」



 ここから300イェド上にある峠に居座った魔物を睨みつけながら、私はそう言った。



「で、でも!あの魔物って····· 結構つよいんじゃ····· みんなで何とかしようよ、危険だよ!」

「皆でも無理だね、ガルドイェブには近寄らない方がいい」

「よく分からないですわ、·····でもアレは相当つよい相手ですわね」



 峠に居座る魔物は『ガルドイェブ』と言って、巨大な鳥の翼を持つ、二足歩行の毛むくじゃらな巨猿のような体躯と獅子のような顔に龍の角を生やした魔物だ。


 危険度は相当高く、たった1体相手に騎士団や軍が出て犠牲を出しながら倒すような相手だ。

 まぁ、攻城兵器や防衛兵器があればそこまで苦戦する相手でもないのだけれど、1分隊程度で戦うとなると相当厳しい。


 少なくとも、通常なら遠回りして他の峠を通り抜ける判断を即決する程に。



「でも問題ないわ、皆が休憩中に倒せるから休んでなさい?」


「いや皆で倒さな意味なくない?だってそういう課題やろ?」

「課題とか言ってられる相手じゃないと思うけど」

「避けて通るのも大事な判断だぜ?休憩せず他のところ目指せばなんとかなるだろうしよ」


「·····というのは建前よ、私が闘ってみたいだけよ」



 本音を言うと、地上に普通にいる魔物程度だと光速に到った私には弱すぎて相手にならないのよ。


 だから、ああいう強敵と闘ってみたかったのよね。



「う、うわぁ····· あの目、前に格闘技の試合見に行った時にしてた目だ·····」


「対戦相手を瀕死になるまで執拗に殴ったアレな·····」

「あの伝説ですわね」

「例の伝説やなぁ」


 今のルクシアの目は、狩人·····というより、フラストレーションが溜まり少し苛立ち殺気立っている目だった。


 マイペースな彼女にとって、自分のペースで進めず分隊でゆっくり進むのは割と苦でストレスになっていた。



「やめなさい、私だって恥ずかしいのよ·····?」



 そう言って頬を少し赤らめたルクシアだが、『例の伝説』はそういう反応をできるような話では無い。


 その時は格闘技の試合の数日前に試験があり、成績が悪く補習も重なり相当ストレスが溜まっていた。

 更に対戦相手が『テスト勉強も格闘技の練習も中途半端にしてたんじゃねぇの?』と煽った結果、彼女はブチ切れた。



 相手は自分より一回り大きい男子だったのだが、目の笑っていない笑顔で本気で泣いても執拗に殴り続け、半殺しになった頃にようやく止めに入ったレフェリーまでノックアウトしてルール違反で負けになった伝説の試合だ。


 ちなみに彼女の黒歴史でもある。



「と、とりあえず行ってくるわ、今度は爆散させず倒すから安心して頂戴?」


「信用ならねぇ·····」

「グロいから見ないようにしとこ·····」


「·····恨むわよ?帰ったら覚えておきなさい『ターディオン』」


 バシュンッ!!



 次の瞬間、ルクシアはあっという間に第3峠直前まで移動していた。


 そしてその勢いのまま、彼女は拳を振り抜いた。



「喰らいなさい!」

『オ゛ァァアオオッ!!?』


 カッッッッ!!!

 ドッッッッゴォォォオオオオオオオンッ!!!


 その瞬間、周囲を巻き込む爆発の如き衝撃波が発生した。


「ちっ、逃げられたわね····· 少し遅かったかしら」



 が、今回は彼女の腕が消し飛ぶことは無かった。

 前回は亜光速で殴ったが、今回は比較的常識的な威力で殴ったからだ。

 更に手には専用の篭手を装着していたため、殴った際の衝撃や熱から身を守る事が出来ていた。



 ただ、到着から殴るまでに僅かなタイムラグがあり、相手には回避されてしまった。


『バォォオオッ!!』

「ふっ、遅いわね····· いえ普通ならかなり早い方だけれど」


 スカッ

 ドガァァアンッ!!


 そして上空に逃げていたガルドイェブは急降下しながらルクシアに蹴りを叩き込もうとして、こちらも回避されて空振りに終わった。


 ガルドイェブの身長は約5m、体重は800kgに達する巨大な魔物で、それが全体重を乗せて蹴りを放ったため、仮にルクシアに命中していたらタダでは済まなかっただろう。



「すごいパワーね····· 地面が陥没してるじゃない」


『バゴロァァッ!!』


「私にはそこまでの重さは無いわ、けれど『速さ』はあるわ」


 体勢を建て直したガルドイェブは巨大な足を踏み込み、強烈なストレートをルクシアに向けて放った。



 直撃すれば死が確定する丸太のような太さの腕がこちらに真っ直ぐ進んできている。

 ·····これ以上に狙いやすい的は無いわね。



「重さは速度で補えるのよ?『ターディオン』」


 

 ルクシアの発動した『ターディオン』の倍率は2万分の1、それでも最高移動速度は超音速である時速5400kmに達する。

 その速度は、現代の徹甲弾に匹敵する。



「喰らいなさい!」

『バゴァァア!!』


 ドッ

 バガァァァアアアアンッ!!!


『ガアァァアアァァアアッ!!?』



 ガルドイェブの拳がルクシアに直撃する直前に、ルクシアが抜き放った武器がガルドイェブの腕を捉えた。


 時速5400kmで振られ、堅牢な拳に直撃しても一切折れることもなく拳を打ち破ったその武器は·····



「流石、不壊の武器ね」


 ただの壊れないだけの木刀だった。


 しかし5400kmで衝突すれば、砲撃の如き威力の拳をも打ち返す兵器へと転ずる。


 現にガルドイェブの拳は反対方向に吹き飛び、使い物にならないほど滅茶苦茶になっていた。



「ふぅん?ニトロボアなら砕け散っていたのだけれど····· 頑丈な魔物だったからなのかしら?」


 ガルドイェブはパンチの瞬間に反動から身を守るため拳に魔導結界を纏っていたため、完全に切り裂かれる事はなかった。

 しかし想定外の速度には勝てず、押し返されるどころか弾き飛ばされてしまったのだ。



「やっぱり····· 直接殴るのはまだ無理ね」


『バルォァァアッ!!』


 が、その結果にルクシアは不満を抱いていた。

 本来ならルクシアも拳で対抗したい気持ちはあるのだが、今のルクシアにそれは出来ない。


 いくら頑丈なルクシアといえど、音速を超える攻撃を生身で繰り出すと反動で体が耐えられず破壊されてしまうからだ。

 一応、移動中は光速魔法の効果により保護されるが、反動までは制御出来なかった。



「こうなってくると、金剛不壊の効果がついた篭手が欲しくなるわね·····」


 仮に絶対に壊れない拳が手に入れば、亜光速で殴る事も可能になるはずだ。

 だがそんな都合のいいものが売ってる訳も無く····· 売っていても数億イェンはするから手も出せない。


 だから今は亜光速で攻撃しても耐えられ、私の体も無事で済むこの木剣が最適解だ。

 もしくはそこら辺の石やコインを投げるだけでも、弩弓や大砲を超える超威力の攻撃ができるはずだ。


「まぁ今はこれで充分ね」

『バゴルルル·····』



 私は木剣を構えたまま、片腕が使い物にならなくなり更に怒りに燃えるガルドイェプと対峙した。



「ただ、難しいのよね····· 貴方を粉微塵にせず殺めるのは」

『バアァァァアアア!!』


 ブオンッ!


「·····遅いわよ」


 接近されるのが危険だと察知したガルドイェプは翼を使って一気に距離を取ると残った腕で岩を投げつけてきた。

 その速度はプロ野球選手が投げる球よりも早く、投石機の如き破壊力を持って攻撃してきていた。


 が、時速数百キロで投げられた岩は『光』には届かない。



 私は止まっているように見える大量の大岩の間を亜光速で駆け抜け、その勢いのまま腰の後ろに下げていたナイフを逆手で引き抜き、通り過ぎ際に右腕を一閃した。


『バガ?ガァァアアアア!?!?』


「邪魔な腕が無くなって楽になったかしら?ふふっ痛いわよね?·····私もよくわかるわ」



 亜光速で振られたナイフは太い腕と骨を軽々と両断し、ナイフに血が付くより早くその背後へと通り抜けた。

 いつか亜光速の一撃でも倒せない相手が出てくるかもしれない。

 それに備え、光速で確実に相手を倒す手段を練習してみているのだ。



「よっと、·····身体能力まで上がってるわね」


『バ? アアアアアアアアア!?!?』


 私は軽く地面を蹴ると、5mはある巨躯のガルドイェプの肩まで一飛びでたどり着き、体毛にしがみ付いて首筋に向けてナイフを普通に振った。


「せぇのっ、·····硬い!?」


 ガスッ


『バゴォォオオアアアアア!』

「きゃっ!危ないわね!!」



 が、私が振ったナイフの刃は頑丈な毛を切り裂けずにロクな傷を与える事ができず、ガルドイェブに振り落とされてしまった。


 さっきのは速度が高かったからこそ切り裂けただけで、不安定な場所で自分の力だけでやろうとするのはまだ難しかったようね·····


 

「光速魔法が使えるようになってから素の力も上がってたのだけれど····· やっぱりターディオンのアシストが無いと厳しいわね」


 いくら運動部のエース級とはいえ、私は女子で男子や魔物なんかと比べたら弱い存在だ。

 でも、光速魔法のお陰で何もかもを追い抜かす事が出来た。


 だから、それを使わない手は無い。



「ターディオ····· いえ、毎回かなり制限して発動するのは面倒ね、即興でショートカットを作るわ····· 『ターディオン γ』でいいかしらね、発動」



 ターディオン γは速度を極限まで絞り、光速魔法による行動アシストがメインになるよう調整してある。

 その最高速は音速の10倍と、現代でもギリ何とか到達出来そうな範疇へと収まっていた。



「さて、殺るわよ····· 構えなさい」

『バゴロゴロォァァア!!』


「ふっ·····!」


 ッッドォォオオオンッ!!


『バガ!?』

「制限しても速いわね····· トドメよ」


 足を思い切り踏み込んだ瞬間、確かな質量を持った私の体が地面を打ち砕き、風よりも音よりも速く移動した。

 それを完璧に制御してガルドイェブの攻撃を掻い潜り、手、腕、肩の順番に駆け抜けて、先程は刃が通らなかった首筋に撫でるようにナイフを滑らせた。


『バ·····?』

「·····ふぅ、やっぱり便利ね、光速魔法は」


 そしてガルドイェブの首が胴体から滑り落ち、血が間欠泉のように噴き出した。


 流石の魔物でも、斬首して生きていられる者は居ない。

 首を落とされたガルドイェブは力無く倒れ込み、少し身体を痙攣させその生命活動を終えた。



「ふぅ、·····さて、これどうしようかしら」


 血の1滴さえ付着させずに強敵のガルドイェブを圧倒した私だったが、倒した後の事まではあまり考えて居なかった。


 ·····この魔物、1700ドンポくらいあるわよね?

 重さ魔法を使えば何とかなるけれど、この巨躯は解体しても運べる自信が無いわ·····



 私は巨大な死体を前に、割と本気で困り果てる羽目になってしまったのだった。

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