実地演習 1日目 キャンプにて



 時刻は夕刻ごろ、日が沈み始め空が茜色に染まる頃になった。




 ニトロボアを倒し終わったあと、私たちの行軍は順調だった。


 特に魔物が出ることも無く、夕方には目的地であった山の麓にある泉の近くでキャンプの設営を行えるほどに順調で、私は今·····



「ルクシアちゃん、二度と拠点作りに関わらないで」


「·····反省してるわ」



 やる事が無かった。


 ·····私も手伝おうとしたのだけど、組み立て途中のテントは倒すし、光を集めて焚き火に火をつけようとして全部灰にするしで、役に立たなかったから何もするなと言われてしまった。


 ·····私、こういう作業は不器用なのよね。


 普通の家事をするのが限界で、それも下手だから向いていない性格だとは自覚してるのよ。

 洗濯物とか片付けとか家具の組み立て、苦手なのよね。


 それに今はまだ僅かに明るいから、特に私の光魔法を使う機会も無く本当に役目が無かった。



「·····そういえば忘れ物してたわね、寮のベッドの上に置いたままだった気がするわ、取ってこようかしら」



 暇潰しにぼーっと山々に沈む夕焼けを眺めていると、ふと忘れ物をしたことを思い出した。


 忘れたのは防寒着と虫除け用のハッカ油だったはず。

 この先の山に入ると急に虫が増えてきて山頂付近は夏場でもかなり寒いらしいのよね。


 だから防寒着と虫除けが必要になるのだけど、それを忘れて来てしまった。


 でもここから寮までは歩いて丸1日以上、出発地点まで馬車で半日かかったのを含めると往復4日はかかるだろう。



「·····近いわね、まぁ私にとってはどこでも近いのだけれど」


 が、光の速度を出せる私には関係ない。

 歩いて2日の距離なんて無いに等しい速度で動けるのだから。



「ルビー、ちょっと忘れ物を取りに行ってくるわ、貴女は忘れ物は無いかしら?」


「えっ!?じゃあ忘れてないけどもうちょっと塩が沢山ほしいかな····· って取りに行くの!?」


「えぇ、じゃあ行ってくるわ·····『ルクシオン』」


 カッ!!

  ヒュンッ



 ルクシアが光に成った瞬間、その姿は遥か彼方へと消えて行ってしまった。



 〜数分後〜


 ピカッ!


「戻ってきたわ」


「えぇっ?もう?·····ほんとに持ってきてる」

「塩が無かったから近くの港町で買ってきたわ、沢山あるわよ?」


「ですわっ!?」

「はぁ?港町ってイベ港やろ!?馬車で10日はかかるで!?」


「10日も1年も変わらないわよ、私の速度なら」



 ルクシアは忘れ物を持ってきたついでに、頼まれていた塩も追加で買ってきていた。

 本来はついでで行けるような距離ではないが、ルクシアにとってはついでに行ける距離だ。



「すごぉ、便利やなぁ」

「おっ塩来たか?くれくれ!汗かいて塩欲しかったんだよ!」

「舐めすぎには気を付けろ、水魔法使うの僕なんだから無駄遣いさせないでくれるかな?」


「また忘れ物があったら言って頂戴、買いに行ってくるわ」



 そう伝えると、ルクシアは自分の荷物に防寒着やハッカ油を仕舞い始めたついでに荷物の点検を始めた。


 荷物の中には、着替え1着とタオル兼布団3枚、木刀、近接用の小型ナイフ1本、解体用ナイフ、水筒、ルクシアスパイス3個、治癒用魔法薬、あとは私物がいかつかが入っている。


 ·····私の荷物は他の人より少なめだ。

 前衛で特に先頭で歩く事になっていたから、キャンプ用品は力のある人に任せる役割分担の結果だから助かっているわ。

 ヘンチ、デルタ、コメリカの3人が担当ね。


 3人の荷物は重さが20ドンポもあるし、この先の野営でも重要な物資だから荷物をほぼ持っていない私たちが守る形の陣形ね。



「よし、忘れ物は無いわ」


 そして改めて荷物を確認して忘れ物が無い事が確認できた。

 これでこの演習も無事に進められるはずね。



「ふぅ、そうだルビー、今日の夕飯は何かしら?」


「えーっと、さっき倒したシカ肉をルクシアちゃんのスパイスで焼いたのと、堅パンかな、それと干し肉と干し野菜のスープも作ってみたけど·····」

「ルクシアのスパイスがあるだけで鹿肉がかなり美味くなるぜ!臭みも全部掻き消されるからな!!」


「·····堅パン、ねぇ」



 私は夕飯に堅パンが出ると聞いて、少し戸惑った。

 幼い頃に家にあった堅パンを齧って歯が折れた事があるのよね·····

 生え変わったから今は歯が全部あるけれど。


 ·····そういえば歯磨きセットも寮に置いたままね、食後に戻って磨いてこようかしら。



 それはさておき、堅パンは保存性は抜群に言いけれどとにかく堅いのよね。

 壁に叩きつけたら壁にめり込んだ話が有名なほど堅いし、魔族の放った矢が堅パンに刺さって止まって助かった話もある程よ。


 普通に噛んだら歯が折れるから、普通はスープに10分くらい浸してふやかして食べるわ。

 でも贅沢を言うけれど、あまり美味しくないから苦手なのよね。



「·····ちょっとパン買ってくるわ」


「えっ、えぇ!?また行くの!?」

「おっ、じゃあ美味い白パンとか頼むぜ!!」

「·····演習の意味が無くなるな」

「いいじゃないですわ?士気も上がりますわよ」

「全員分お願いね」

「ほな頼んだで!!」

「お、お願いします·····」

「ボク2個でお願い、お金は払うから」

「あっじゃあ私3個にしようかな」


「はぁ····· わかったわよ」



 堅パンが嫌なのは皆も同意見だったようで、パンを買ってくると言ったら皆が一斉にパンの買い出しを頼んできた。


 ·····が、ここで事態が一変した。


「·····こんだけ多かったならパンじゃなくてタスパ(パスタみたいな麺)の方が良くないか?」


『『あっ』』


「·····わかったわよ買ってくるわよ」



 そうして私は街に光速で向かい、乾麺とパンを大量に買ってくる羽目になったのだった。





 その後は特に何か起きるわけでもなく、野営で食べられるはずのない麺とパンを楽しみ、いよいよ寝るだけとなっていた。


 が、就寝から4時間後の深夜に私は起きていた。



「ふああぁっ····· 眠いわね·····」

「寝ちゃダメだよ?見張りはちゃんとしないと」


「わかってるわ」


 ここは魔物が跋扈する森の中だ。

 たとえ夜中でも魔物は襲撃してくるし、盗賊だって来るかもしれない。

 だから2人1組で交代しながら見張りをしなければいけないのだ。


 ちなみに私たちは3番目で夜が1番深けている時間帯の見張りだ。



「それにしても暇ね·····」

「暇が1番だよ、何も来ないといいなぁ」



 夜中でも襲撃の可能性があるとはいえ、夜は魔物の数も活性も減るから襲撃されることは滅多にない。

 でも万が一があってはいけないから、こうして寝ずに見張りを続けている。



「·····それにしても、この光魔法の使い方は良かったわ、まさかこんな使い道があるなんて」


「これ出来るのルクシアちゃんくらいだけどね」



 ただ、今回は魔物の襲撃は無いに等しいだろう。

 何せ私が光を操り、拠点を外から見つけられないようにしてしまっているのだから。



 ルクシアが何をしたのかと言うと、焚き火の光に誘われ魔物が来てはいけないと思い、外からの光は通して内側からの光は出れないようにする魔導結界を展開したのだ。


 これにより、真っ暗な怪しい半球状の領域になっているが光で居場所がバレるような事は無くなっていた。



「でもアレは肝が冷えたわね·····」

「すぐ近くにベヒーブルが通った時は怖かった·····」


 その効果はかなりあるようで、水を飲みに来ていたベヒーブルという象のような鼻を持つ獰猛な牡牛の魔物が真横を通り過ぎたが、気が付かれなかったのだ。

 ちなみに戦闘になればかなり苦戦する相手だったため、戦闘を避けられたのは幸運だった。



「それで、ルクシアちゃん今何してるの?」


「他の分隊が何をしてるのか見てるのよ」



 で、相当暇なルクシアはこの森のどこかに居る他の班を千里眼で見ていた。


「右の画面が第1分隊で、左が第2ね」


「えっもう見つけたの!?」


「出発前にこっそりマーカーを付けておいたのよ、だからすぐにわかったわ」


 実は出発前に、他の隊の荷物の中にこっそりと居場所を特定するための魔法のマーカーを入れていたのよね。

 まぁ大したものでも無くて、私の魔力で光を固めた小さな玉なのだけど、魔力と光を辿ればすぐに居場所がわかるのよ。



「皆、私たちと同じような感じで見張りをしながら寝てるわね」

「·····まぁそうだよね」


 で、今回は遊びに来てる訳では無い本気の演習だから他の分隊も夜更かしはせずしっかりと体を休めているようだった。

 マッハあたりはバカ騒ぎしてそうだと思ってたけれど、思ってたより賢かったみたいね。


 むしろ本能で生きてるからこそ、今は休むべきだと思ったのかしら?



 ·····そんな事どうでもいいわね、いちばん確認したいのはソレじゃ無いし。



「全員無事みたいね、大きな怪我をした人も居なさそうよ」


「よかった·····」


 私が確認したかったのは、他の分隊の人が脱落していないかだ。

 もし死んでいたり帰っていても出来ることは無いけれど、やっぱり気になったのよ。



「でも明日も同じように無事とは限らないわ、気を引きしめるべきね」


「うん、明日も先頭はお願いね、ルクシアちゃん」


「えぇ、任せなさい」



 一昔前の私なら、隊の真ん中で荷物持ちしかやる事も無くて、戦闘中は逃げるしかやることは無かった。

 でも今は、皆を守りながら進める先頭の役目を得られた。



 だからその責務をまっとう出来るように、明日も明後日も気を引き締めてやらなくちゃね。



「·····今のうちに色々『光速魔法』の新しい使い方を考えておこうかしら」


「変なことしないでよ·····?」

「当然よ、私が変なことした事あるかしら?」


「沢山あるよね」

「·····」



 私は図星を決めながら、新たな光速魔法を考えて時間を潰していったのだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る