実地演習 1日目 初戦闘



 私たちは予定通り森の中を進んでいた。


「ひ、ひぃ、虫!」

「ルビー、この程度で怖がっていたら何も出来ないわ、心を無にすればすぐに慣れるわよ」


「でも·····」

「頑張りなさい?」


「う、うぅ·····」


 若干1名ほど、既に虫が多くて嫌そうにしているが、その程度の事では歩みは止められない。


 現に私も先頭を歩いているから3回くらい顔にクモの巣が絡みついているが、進むのはやめていない。



「歩きにくいですわね·····」

「·····暗いしな」


「明るくしすぎると魔物にバレるさかい、迂闊に灯せられへんなぁ」


 蜘蛛の巣が張り巡らされているような場所のここは、予定通り沢から50イェドほど離れた森の中だ。

 整備されていい森の中は暗く、草や低木が生い茂り非常に歩きにくい。


 その中をルクシアがスイスイと先導出来ているのは、彼女の新たな力が原因だ。



「私には明るく見えるわよ?」


「それルクシアちゃんだけだよ·····」



 私は常に周囲に上空から見た風景と目では見れない背後の景色が見えるよう展開していて、更にメガネには光を増幅させる魔法を掛けた事で暗くても周囲がよく見えるようになっているのよ。


 だから安心して先導出来ているという訳ね。


 それに、私ならこの前の腕を失った時の経験から万が一不意打ちで怪我をしても光になって治す事が出来ると分かっているし、反射神経も私が最速のはずだから先頭で行動している。



「にしても、本当に低木とか笹薮が邪魔ね····· いっそ消し飛ばしてしまおうかしら」


「魔物にバレねぇか?」

「それが問題なのよね·····」



 でも筋力に少し自信のある私でさえ森の中を進むのは容易ではない。

 どこまでも身長より高い薮が広がっていて視界も最悪かつ進みにくい。


 一応、光速魔法の高出力レーザーを使えば直線上にある植物を炎上するより早く蒸発させて通り道を作れるが、激しい閃光が発生するため危険だ。


 だからこうして、地道に鉈で道を切り拓くしか手段は無い。



「はぁ····· 面倒ね·····」


 そう言いながらも、私は薮を切り払い分隊員の為に道を作り続けた。





「っと、危ないわね·····」


『ブゴァァァアアッ!!!』


「どっ、どうすんだ!完全にブチギレてるぜアイツ!!」

「わ、わわっ!?後方に行かないと·····!!」

「魔法構築が間に合わないですわ!!」

「僕がやる、下がってろ」

「ジェロスあんた動く的に当てるのヘタやったろ!」



 だいたい20分後、私たちは早速1匹目の魔物に遭遇していた。


 遭遇したのはニトロボア、火魔法を使って急加速して突進してくる危険な猪の魔物だ。


 ·····薮の中にいたのだけれど、私が鉈で薮を切り払ったら鼻に思い切り鉈を叩き込んでしまったのよ。

 そうしたら激怒して襲いかかってきた、という感じね。



「皆、落ち着いて陣形を組むのですわ!連携が取れないと危険ですわよ!!」


「ちっ、やりたいけど動きにくいんだよ」

「藪がジャマ·····」


「どうしようかしらね····· 私がやればすぐ倒せそうだけれど、連携して倒すのも必要なのよね」



 皆が後ろでわちゃわちゃしている間にも、私はニトロボアの突進が後ろに行かないよう上手く位置を調整しながら攻撃を回避していた。


 今の状態で突っ込まれたら、皆まとめて撥ねられるだろう。

 そうしたらもう演習続行どころの騒ぎじゃなくなってしまう。



 ·····いきなり遭遇したし、あそこまで激怒させた原因は私だから今回は仕方ないかしらね。



「皆!今回は私がこのまま何とかするわ!だから今は次魔物と遭遇した時どう動くか話し合ってなさい!」


「いや、お前が勝手に決め·····」

「わかったぜ!ジェロスお前も慌てて焦って攻撃しようとしてただろ?1番冷静だったのルクシアだぜ?」

「·····そうよね、さすがルクシアさんね」

「今回は反省ですわ、皆、話し合いましょう?」


「私は先頭でいいわ!後は皆で決めて頂戴!」



 皆が少し離れて陣形の話し合いをし始めたのを背後が見れる画面で確認し、私はニトロボアと対峙した。


『ブゴォァオオッ!!』

「カンカンに怒ってるわね····· 鼻に鉈がめり込んだ程度で怒らなくてもいいじゃない」



 そんな事されたら誰でもガチギレするに決まってる。


 ·····が、ルクシアは気にせず腰から提げていた武器を抜き放った。


「さて、実戦初導入ね、使い物になるかしら?」


 それはただの木の棒だった。

 だが木の棒と呼ぶには綺麗に削られ、曲刀のような武器の形になっていた。


 先日買ったばかりの、不壊の木刀だ。



「ふぅ····· 『ターディオン』を0.0001%で発動、貴方にはこの程度で充分よ」


 そして木刀に魔力を流しながら、亜光速に至る魔法『ターディオン』を極めて僅かな出力で発動した。

 すると体が薄らと発行しはじめ、秒速30kmの世界へとルクシアは到達した。


 この程度の速度であれば、ルクシアにとってはもう完璧に制御できるのだ。

 ちなみに音速の90倍も早いが、光速でさえ制御できるよう進化したルクシアにとっては遅すぎる程の速度だ。



『ブルゴォァオオオオッ!!』


 ドガガガッ!!


「·····遅いわね」


 薄らと発光したルクシアへニトロボアがお得意の火魔法の爆発による砲弾の如き加速をして突進してきたが、その速度はせいぜい100km/h。

 普通のイノシシの突進が40km/hと考えると2.5倍も速いが、ルクシアはその1000倍早い。



「シッ!」

『ブゴギ』

 ッッドバガァァアアアアンッ!!!


 ルクシアが神速で腰から木刀を引き抜きざまに振ると、木刀はニトロボアの身体を粉砕しながら爆鳴を轟かせ振り抜かれた。


 刃のついた武器ならば軽々上下真っ二つになっていただろうが、木刀で非常識な速度で叩かれたため跡形もなくなってしまったのだ。



「ふぅ、こんなところかしら」


「す、すげぇ·····」

「カッコイイですわー!!」

「·····あんなの魔法じゃない」

「うん、それはわたしも同意するよ」


「ところでよ、その肉片·····ってか肉ペースト、どうやって魔物だったって証明すんだ?」


『『あっ·····』』

「·····やらかしたわ」



 が、せっかく魔物を倒したのに討伐を証明できそうな部位を悉く破壊してしまっていた。

 つまりこの初戦闘は完全に無駄な戦いになったという訳だ。




 その後、皆で飛び散った破片を必死で探し回り、どうにか魔物の証明となる『魔石』と、魔物の種類を特定できる部位の牙を見つけられ、ギリギリなんとかなったのだった。

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