私は無尽の『光』
「まぁ適当に腰掛けてくれ」
フィジクス先生の部屋に入るなり、先生は椅子に座るよう促してきた。
ただ、先生の部屋に座る場所なんてほぼ無かったはずだ。
どうせ椅子の上にも書類が山積みに·····
「そう言って座る場所····· あるわね、掃除でもしたかしら?」
「どっかの誰かのせいで大掃除する羽目になってな」
「あら、はた迷惑な奴も居····· るわね、ここに1人」
私ね。
間違いなく私のせいね。
あの爆発で先生の部屋も少なくない被害を受けたのだろう。
その証拠に、先日雷を見るために開けた窓は適当な板が打ち付けられ、窓が完全になくなっていた。
·····たぶん爆風でガラスが飛散、部屋の中の書類も縦横無尽に飛散して悲惨な事になったのだろう。
「いいじゃない、汚かった部屋を片付けるいい機会に····· ····· ·····悪かったわ、私が悪かったわよ」
先生に睨まれた私は、謝るしかなかった。
冗談を言えるくらいには精神状態も回復したけれど、まだ心の傷は完全には癒えてないのよね·····
「まぁいい、結果的に綺麗になったから許してやる」
「ありがとうございます」
先生が些細な事で根に持つ性格じゃなくて良かった、私ならきっと暫くはネチネチと恨み言を言っていただろう。
「それで、放課後に経過観察を受けろと言われたけれど、何をすればいいのかしら」
「知らん」
「えぇ·····」
「とりあえず冗談も言えるくらいには元気と書いておく」
それでいいのかしら·····
私は訝しみながらも、早く終わるに越したことはないから追及はしなかった。
「じゃあ用事は終わったわね、帰るわ」
「待て、·····おい待て本当に帰ろうとするな、なんでそんなに早く帰りたい」
「居残りとか嫌いなのよ」
「本当にマイペースだなお前····· はぁ、紅茶でも出してやるから少し話を聞け」
「わかったわ、仕方ないわね」
別に無視しても良かったのだけれど、ここまで必死に引き留めようとするのは何かあるのだと思い、私は嫌だけど暫くここに残ることにした。
◇
コトッ
「·····淹れ方が悪いわね」
「普段コーヒーしか飲まないからな、というか開口一番に文句を言うな」
「仕方ないじゃない、下手だったんだもの」
数分後、紅茶が出来上がり私は紅茶を飲みながら先生と話を始めた。
ちなみに紅茶はあまり美味しくなかった、茶葉は普通だけれど淹れ方が良くなかったからだ。
「次からはお前が勝手に淹れろ」
「えぇ、そうするわ、·····それで?本題は何かしら」
「お前、いつまでその右手で居るつもりだ?」
「·····?一生このままよ、義手は高いから今の私では到底買えないわ、暫く働けば普通の義手くらいなら買えるかもしれないけれど」
先生が変な事を聞いてきた。
私の失った右手は、肘から先が完全に消滅していて治すことが出来ず、今は傷口が魔法で治癒されて塞がり丸くなっていた。
治癒魔法で欠損を治すのは、基本的に不可能だ。
一応だけれど切断された部位があれば多少減っていても魔法で再生して繋げる事は出来る。
だけれど、完全に失ってしまったら戻す方法はほぼ無い。
高位の治癒魔法を使えた魔導師は欠損も治せたと言うけれど、そんな人があの状況で近くに居るはずもなく、しかも治療費は魔導義手を買うより遥かに高い。
だから、どんな状況であっても私は右手を失う運命だった。
「先生も、欠損した場合どうなるかは知ってたわよね?」
「·····お前、自慢の光速魔法でどうにか出来るだろ、光の性質を理解すれば何でも出来るとか言ってたし」
「どういう事かしら」
「あの『ルクシオン』だったか?あれを使ってる時のお前、全身が光になってただろ」
「えぇ、そうね、それがどうしたのかしら」
「どうせ出来るんだろ、光になってる時に光で腕を作って、解除したら治ってるとか」
「··········!」
盲点だったわ。
確かに、私が光になれるのなら光を私にする事も出来るはずよね(※できません)
光の性質はよく分からないけれどそういう変換をさせられる不思議な特性があるのね(※ありません)
先生が『出来る』と言うんだもの、出来るわよ(※できません)
「早速やってみるわ、『ルクシオン』」
カッッッ!!!!
「おい俺の部屋でやるな、また部屋が荒れたらどうする」
「動かなければ大丈夫よ」
私はルクシオンを使い光になると、失った右手に光魔法で腕の形をした光を作り出した。
その状態で光の腕を動かしてみると、ちょっと違和感はあるけれど、失ったはずの右手の感覚が戻ってきた。
もしかしたら·····!
私は淡い期待を込め、『ルクシオン』を解除した。
「『ルクシオン』解除」
ヒュンッ·····
「どうだ?どうなった?」
「·····」
私は右手を見た。
そこには、肘から先が無くなっていたはずの部位があった。
手を握るように考えた。
すると右手の指が少しぎこちなく動き、ギュッと握られた。
「·····やっぱり出来んのかよ」
(※できたわ)
「·····そうね」
「私の手、こんな形だったかしら?」
「いや今気にするのそこか!?!?」
久しぶり····· と言っても数日ぶりだけれど、改めて見ると自分の手がこんな感じだったか忘れてしまった。
いや、よく考えれば自分の手をしっかりと見たことがあまり無かったかもしれない。
こんな感じだったのね、私の手って。
「うふ、うふふ·····」
「·····おい?笑い方が不穏なんだが変な事やらかすんじゃないぞ、俺の部屋で」
ここで一応、読者のために説明····· するまでも無いだろうが、現在の科学では物質を完全に光にする事も光を物質にする可逆性も確認されていない。
あれはルクシアが完全に光の性質を勘違いした事によって発生した、魔法現象の1種だ。
こんな荒唐無稽な事があったら、物理学は完全に破綻してしまう。
〜閑話休題〜
「これなら、あのパンチやり放題じゃない!それにどんな攻撃も無効化できるわ!光にはこんな凄い力があったのね!!そんな事まで知ってるなんて先生は本当に凄いわ!!!」
「順にツッコミ入れるぞ、二度とやるんじゃねぇ!まず怪我すんな!!光にそんな性質は多分ねぇからな!!!それに俺そんな事教えてねぇから!!!!お前が勝手に勘違いしてるだけだからな!?俺は真っ当な魔族学の学者だからな!?!?」
ちなみに『魔族学』は魔族が研究しているという、この世の真理を解き明かす学問と言われている。
人間の国では忌避される学問だが、フィジクスは特例的に····· 敵である魔族の技術などの解明や解析のためにこの学問を研究しているのだ。
·····こんな感じでも、現状人間の中ではトップの学者なのだ。
「そうなのかしら?でも現に『出来てる』のだから私が事実よ」
「お前さぁ·····!テキトーな事やってマジで物理法則壊すんじゃねぇよ!!!·····もういい今日のところは帰ってくれ、俺の頭痛をこれ以上悪化するような事は頼むからやめてくれ」
ただ、人間的に有り得ない事が学問になっている魔族学をもってしても、ルクシアの勘違いは説明する事が出来ないものだった。
あまりの酷さに、フィジクスは頭が痛くなったのかルクシアを追い出し、しばらく寝る事にしたのだった。
ちなみにルクシアは腕が治ったお祝いでパフェを食べて帰った。
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