欠損


 ヒュゥゥゥウウウッ·····

 ドゴァァァアアンッ!!


「か、はっ·····!!」




 拳を振り抜いたと思った瞬間私は意識を失い、気がつくと町の防壁に叩きつけられた状態で動けなくなっていた。



 正確には、拳が宙を切った瞬間に発生した大爆発により吹き飛ばされ、物凄い····· 光速よりは断然遅い速度で町の防壁へと叩き付けられていたが、本人はそれに気が付くことは出来なかった。



 ·····いや、それどころではないから、気が付けないのも無理は無いだろう。



「あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁあァぁァアああッッ!! 腕、腕が·····っ」



 亜光速の拳を突き出した右手は、原型を留めない程に崩壊していたのだから。


 いや、原型を留めないならまだ良い方だった。


 彼女の右の肘から先が亜光速ストレートの衝突時のエネルギー輻射により完全に消滅していたのだから。



 そしてその激痛で意識を失いかけ、しかしその激痛で飛びそうになる意識が無理やり戻される永遠とも思える苦痛を味わっていた。


「痛い、いたいぃぃ·····っ」



 ·····実は、片腕が消し飛んだ程度で済んだのは幸運だった。

 亜光速に達した拳が大気との衝突でエネルギーに変換され爆発した瞬間、彼女の体が無意識に全身を光に変換する『ルクシオン』を発動し、残りの部位に衝撃が伝わるのを阻止していた。


 しかしその爆発力と光の奔流により彼女の体は吹き飛ばされ、途中何度も地面にぶつかりながら防壁に激突してエネルギーを使い切り、今に至る。



 つまりこの間に、爆発に巻き込まれることによる死と、爆発で発生した超高熱による焼死と、地面を転がったことによる全身骨折などによる死と、推定時速1000km近い速度で防壁に衝突したことによる全身挫滅と、切断面からの出血が焼き焦げた事で抑えられ失血死を免れたという、5つ以上の死を免れていたのだ。


 まさに、生きているのが奇跡と言えよう。



 ·····もっとも、本人にはその奇跡を噛み締める余裕は微塵もないのだが。


「ぎっ、うぇっ····· 痛い·····っ、苦しい····· 私の·····腕····· どこ····· うぶっ、げぽっ、おえぇぇえっ·····」



 だが、また新たに命の危機が訪れようとしていた。

 腕の欠損という激痛および腕が消えた分だけ血液を失ったことにより、ショック状態へと陥っていた。


 この状態になると血液循環が正常に行われなくなり、細胞へ酸素が満足に行き届かなくなり、命の危機に陥る。




 ·····だか、彼女は信じられないほど幸運だった。



「おい、ここの防壁だけヒビが入ってるぞ!」

「あそこか!大丈夫····· おい、誰かいるぞ!!」


「あの制服、魔法学院の学生じゃないか!?」


「さっきの爆発に巻き込まれたのか!?おい大丈夫かしっかりしろ!!·····うっ?! 片腕が無い····· おいキューゴ!町に戻っていますぐ町一番の治癒士を呼べ!!それと病床の確保を頼む!ソサックは周囲に彼女の腕が落ちてないか探してくれ!!」


「「了解!!」」



 偶然、防壁が1ヶ所だけ物凄いヒビが入った事で防衛の兵士が様子見の為にすぐに駆けつけた事。

 その兵士たちが従軍経験があり、欠損などの重篤な怪我に対する対処法の知識があったことという奇跡が重なり、一命を取り留めようとしていた。

 


「だ、だずけ····· で·····」


「大丈夫だ必ず助けるから安心しろ」



 そう言われた彼女は、安心したのか急に意識が遠ざかり、暗闇の中に落ちるように気を失ったのだった。






 腕が痛い


 腕が動かない·····


「つっ、うぅ····· ここは····· 知らない天井ね·····」

「怪我知らずの病気知らずのお前なら見た事ないだろうな、町の治療院だ」


「先生·····?」


 目を覚ますと、何処か知らない場所に寝かされていた。

 そして私に光の真の姿を教えてくれたフィジクス先生が覗き込んで、何処にいるかを教えてくれた。


 そうだ、私はスリムオークを亜光速で殴って、それから·····



「うぐっ、痛い·····」

「無理をするな安静にしてろ、お前は今片腕が無いんだ」


「腕····· そうだったわ·····」

「今治癒士を呼んでくる、水でも飲んで落ち着いておけ」



 拳を突き出した瞬間、私の拳が青白く輝いて目の前に居たオークが霧になるように消し飛び、宙を切った拳が大爆発を引き起こした。


 そこまでは覚えて·····


 いえ、確かその後、どこかにもたれかかって苦しんでいたのはうろ覚えだけど記憶してるわね。



 状況的に、爆発に巻き込まれて吹き飛ばされ、通りかかった誰かに助けられたのかしら。

 そうだとしたら、お礼を言わなくちゃいけないわね。


「ん····· 水は····· いづっ!?うぐぅぅぅう·····っっ」


 私はベッドサイドに置かれていた水の入ったコップを利き手の右手で取ろうとしたが、その瞬間激痛が走った。

 

 まるで肘から先を雑巾のように捻って絞られたような、筆舌に尽くし難い痛みだ。



「戻ってきたぞ、·····どうした」

「ルクシアさんどうされましたか?何処か·····いえ腕が痛むのですね」


「手、無いのに、凄く痛いんです·····」


「幻肢痛ですね、既に無くなったのに欠損部位を動かそうとする事で起きる痛みです」

「そんな事、どうでもいいわ····· 痛みを止められないの?!」


 腕の激しい幻肢痛により、脂汗が流れ出て意識が朦朧としてきた。

 こんな痛みがこの先ずっと続くのなら、私は耐えられないかもしれない。



「徐々に慣らして、体に腕がない事を覚えさせなければ根本的な解決は出来ません、·····一応、一時的な痛み止めは可能ですが多用は出来ませんよ」


「いいから、早く·····ッ!」


「わかりました、治癒神よ彼の者の痛みを鎮めひと時の安堵を『トランキライズ』」



 治癒士が私に手を翳すと、痛み止めの魔法を掛けてくれた。

 すると、まだ腕に違和感は残るものの痛みがすっと引いていった。



「どうでしょう、痛みは治まりましたか?」

「マシになったわ····· でも腕の違和感は消えないわ·····」


「当然です、もう無いのですから·····」



 その後、私は治癒士に診察をされて体の状態をチェックされた。

 腕以外は基本的に健康体で問題は無く、腕がよくなれば退院出来るそうだった。


 そう告げると、治癒士は次の患者の下へと忙しそうに向かって行ってしまった。



「·····お前の腕だが」

「はい·····」


「お前が見つかった周辺を警備兵が捜索したが、発見出来なかった、残っていれば付けられたのだが·····」


「見つからないでしょうね、爆発に巻き込まれて····· あっ」


 そう言った瞬間、先生の目が物凄く恐ろしい目になった。


 しまった、失言した。


「やはりあの爆発は·····」

「·····想定外だったのよ、まさか殴るだけで爆発するなんて思って無かったんだもの」


「俺もだ、まさかお前がここまでバカだったなんてな」



 このあと先生に怒られながら色々聞かされたが、私が起こした爆発の衝撃波は町を飲み込み、かなり大きな被害が出たようだった。

 脆くなった建物は倒壊し、学校などの窓は尽く割れる甚大な物的被害が出て、死人は出なかったものの怪我人が大勢出てこの治療院も人で埋め尽くされていたようだ。


 ·····知らなかったとはいえ、申し訳ない事をしてしまった。



 私は、罪人になってしまったのね。



「先生、私は·····」

「黙っていろ」


「えっ?」


「お前みたいな光魔法しか使えない小娘があんな大爆発を起こしたと言って誰が信じる、今はあの爆発はドラゴンか何かの仕業と言う事になっている、罪は架空の魔物に擦り付けておけ」



 だが、先生はその事を隠すよう進言してきた。


「でも·····」

「欠損のある罪人はどうなるかお前は知ってるか?」


「あまり····· でもロクな末路は辿らないとは知ってるわ」

「犯罪奴隷堕ちだ、それも労働力にもならないお前は性奴隷しか選択肢は無い、最後は安い娼館の娼婦にさせられるだろうな」


「っ·····」



 私は、自分の末路を想像してゾッとした。


 知らない男共に汚され、ボロ雑巾のようになって最後は病気でロクな治療も受けられないで早死にするかもしれない。

 ·····いや、間違いなくそうなるだろう。


 それを想像した私は、体の震えが止まらなくなるほど恐ろしくなってきてしまった。



 ·····罪の意識は消えないけれど、むしろ私のせいで怪我させて壊した物の事を考えると罪の意識は増えるけれど、自分が辿るべき末路を考えると、恐ろしくて黙っていたくもなる。



「お前は、これからは片腕が無い状態でどう生きていくかだけを考えろ、罪の事を考えるのはまだ早い」


「·····はい」


「とりあえず今は精神状態も不安定だ、無理にでも寝て少しでも体力を回復しておけ」

「わかりました·····」



 私はベッドに横になると、罪の意識ともし私の罪がバレた時に自分が辿る末路の恐ろしさと腕の違和感で眠る事は出来なかったが、無理やり目を瞑り体を休める事にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る