亜光速で殴られた事はあるかしら?



 という訳で、私は依頼を受けて町の外に出てきていた。


 ちなみに受けた依頼は、スリムオークの駆除だ。

 どうやら町の近くの植林場に1匹だけ現れどんぐりやキノコを貪り食っていて、栽培に来た木こり達を追い払って邪魔しているらしい。



「スリムオーク、脂肪分の少ない肉質でヘルシーかつ筋肉の成長に良いのね、·····欲しいわね」


 そしてスリムオークは割と美味しく体にも良さそうで、倒したら報酬として肉を分けてもらえるようだから丁度いい。



「ええと、場所は····· あそこね、まぁ光速ならどんな距離であろうと一瞬よ」



 町の防壁の外に出ると、森を切り開いて作った大きな平原が広がっている。

 そして目的地の植林場は炭焼き小屋や木こり達の休憩所もあるから見ればすぐわかり、私はそれを目印に移動を始めた。



「『ルクシオン』発動、さぁ行くわよ·····!」



 私は運動部所属で自慢の脚力を活かし、そして新しく覚えた光速魔法を発動して一気に駆け出した。


 その次の瞬間、私の身体が光へと変わり体は物凄い速度で移動を始めた。

 そして目の前が一瞬虹色に輝いたと思ったら、私は既に木こりの小屋の目の前に到着していた。



「ふぅ、『あっ』という間も無いわね、さすが光速と言ったところかしら」



 なお、傍から見たら前方が青く後部は赤く光る謎の光の筋が出現しているように見え、防壁の警備をしていた兵士が驚いているが、光の速さで遠ざかった彼女は全く気がついていなかった。



「最初は制御も出来なかったけれど、多少は出来るようになったわね····· あの魔法のお陰ね」


 そして、光速で移動する彼女は基本的に止まることはできない。

 最初の発動を室内で行った際は、止まらずに壁に激突、そのまま壁をぶち抜いてはるか遠くの山に激突して止まっている。


 だが、彼女は持ち前の想像力であっという間にその問題を克服していた。



「『クロックアップ』、これさえあればどんな速度でもついていけるわ」



 その魔法は『クロックアップ』、自身の思考を光速魔法で加速する事により超速度の世界でも自身の認識が追いつくようにするとんでもない魔法だ。


 ·····物理学ではそんな事出来るわけが無いし、そもそも思考加速で光速に追いつける訳が無い。

 だが『そういうもの』と完全に勘違いして信じ込んでいる彼女と、認識によって効果が変化する『魔法』が偶然噛み合い、なぜか実現してしまった。



「ふふっ、先生の言う通りだったわ、理解すれば魔法ならなんでも出来るのよ·····!」





「理解してねぇよ!!!そして出来ねぇよ!!!」


「先生!?と、突然何を·····」

「·····いや、なんかツッコミを入れるべきだと思ったんだ、いやなんで今俺はツッコミを?」


「さ、さぁ·····」




 魔法学院で先生が叫んでいるがルクシアには聞こえるはずも無く、勘違いが酷い彼女は更に酷い勘違いをしようとしていた。



「ただ、『ルクシオン』中はほぼ何も触れられないのが残念ね·····」



 ルクシオンは自らを光へと変換し、質量をゼロにする事で通常では不可能な光速へと至る魔法だ。


 その魔法にはメリットもあるが当然デメリットもある。



 早すぎて、例え思考加速しようとも基本的に制御が出来ない上に体が光になっているため物に触れることが出来ない。



 一応、ルクシオン中に物体に衝突するとルクシアの質量分だけ変換された光のエネルギーにより対象に熱エネルギーを与え、熱と衝撃を伝える事は可能だが、その威力はルミナスボールと大差は無くメリットも少ない。


 故に彼女が持っている攻撃手段は、今のところ『ルミナスボール』とその系列魔法のみだ。

 それと手に持っている普通のナイフと習得した格闘技もある。



「そうね····· あっ、いいことを思いついたわ」



 だが、変な方向に想像力豊かな彼女はまた物理法則に反する事を理解していないのに理解してしまった。


「重さ魔法を解除すれば、その分だけ遅くなる代わりに重さを得られて攻撃が強くなるんじゃないかしら」



 光速に至るには、質量をゼロにする必要がある。

 だが裏を返せば光速まで行かなければ質量を持った攻撃が可能と言う事になる。


 つまり、あえて亜光速状態で留める事で攻撃に質量を残し、相手に直接的なダメージを与える方法を思いついてしまった。



「早速試したいわね····· オークは何処に居るのかしら?」



 そして彼女は新しく思いついてしまった魔法を試すべく、目的のスリムオークを探すため森の中を探し回る事にした。





 そして数十分後、魔法学院の授業で学んで覚えていた魔物の探し方を実践してようやくスリムオークを見つけていた。


『ブヒ、ブヒ』


「居たわね····· スリムオークってお腹以外は細マッチョなのね」



 視線の先には、森の少し開けた部分で餌を探しているスリムオークが居た。

 地面を掘っているのを見るに、地中の生物かキノコでも探しているのだろう。


 そしてあのオークはそれを邪魔されると思うと木こりを追い払おうとしているから、その命を落とすことになる。



「さて、早速やってみようかしら」


『ブヒ?ブヒィイイッ!!』



 ルクシアはわざわざ隠れていた茂みから出ると、スリムオークの前へと姿を現した。

 自らの速度に絶対の自信があるからこそ、危険なオーク相手でも平然とタイマンを申し込めたのだ。



 まぁそもそも彼女が真面目な性格が故に奇襲などの卑怯な手段を使わない·····というより思いつかないのだ。


『ブヒィィイインッ!』

「来たわね、でも····· 遅いわ」


 シュッ


『ブヒィ?』

 スカッ



 だが問題ない。

 遍く生物が光を掴む事が出来ないように、光へと至った彼女には万物は触れる事さえ許されない。


 スリムオークに掴みかかられる瞬間にルクシオンを瞬時に発動した彼女は、一瞬でオークの背後に回り込んでいた。



「まずは····· 生き物に光速魔法を当てたらどうなるか気になってたのよね、『ルミナスアロー』」


 ピュンッ

 バジュッ!!


『バヒィッ!!?!?』


「へぇ、簡単に貫通するのね」



 ルクシアが指先から放った光の矢····· いや、もはやレーザー光線は、スリムオークの脇腹を容易に貫通し、背後の木々にも穴を開け直進した。

 そして暫く木を穿ちながら進むと、流石に威力が減衰してきて木の表面を焦がし停止した。



「コストも悪くないわね、連射すれば穴だらけにさせられるわ」


『ブヒィィィ·····!!』


 が、脇腹を細いレーザーで撃ち抜いた程度では致命傷には至らず、かえってオークを怒らせる事になっていた。



「あら、カンカンに怒ってるじゃない」


『ブヒィッ!!』


 ガチギレスリムオークは、怒りに任せて拳を振り上げ、ルクシア目掛けて振り下ろした。

 その破壊力は絶大で、植林場の木程度であれば容易に折ってしまう程だ。



 仮に身長165cm、体重64kgfの·····


 彼女の名誉の為に言うが若干体重が重いのは太っている訳ではなく、高身長かつ胸も大きくさらに筋肉が付いているため平均的な体重より重くなっているだけだ。


 〜閑話休題〜


 もしオークの全力の殴りが直撃した場合、重度の骨折は避けられないしみぞおちに当たれば内臓も無事では済まない威力がある。



「ふふ、さっきよりは早いけれど····· まだ遅いわ」


『ビギィィイッ!!』


 ブオンッ!ブオンッ!!



 ただ、当たらなければ何の意味もないが。


 オークの拳は思考速度を加速した彼女の瞬発力には追いつけず、片っ端から避けられていた。


「そろそろ私もいいかしら?新しい力を使ってみたいのよ」


『ビギィイイッ!!』

「聞く気は無いようだから、勝手にやらせてもらうわ」



 そして、ルクシアが遂に反撃に出た。


「まずは距離を取って·····」



 ルクシアは光速で遠ざかり距離を取ると、思考に集中しはじめ、新たなイメージを生み出した。


 質量を残したが故に光速には至らず、だが質量が残るが故に加速すれば加速するほど質量は増大する·····



「·····これよ、速さは重さよ、そして重さと速さが重なった時、絶大な破壊力を生み出す!『ターディオン』ッ!!」



 その瞬間、光速には遅れを取っていた彼女の加速した思考速度が、自らの速度に追いついた。

 そしてまるで歯車が噛み合うかのように、彼女の体は減衰した体重分だけ光り輝き、残した質量分だけ力へと変換された。



 減衰率は1/10、現在の質量(体重)は約6kgだ。


 パンチ力は体重とほぼ同じと言われており、鍛えている彼女の場合は通常の体重の際は最大100kgfまで出すことが出来る。


 つまり現在のパンチの力は10kgfと仮定する。


 そして現在の速度は体重を1/10にしたことにより、単純計算で速度もそれに比例して9/10、光速の90%にまで減衰している。



 それを踏まえ、運動エネルギーを導く計算式『K=1/2mv^2』に当てはめて計算を行うと


 『K=1/2mv^2』


 m=10(kgf)

 v=約265000000(m/s)


 K=1/2×10×265000000^2


 K=5×70225000000000000


 K=351125000000000000[J]


 つまり彼女の亜光速の拳が直撃した際に発生する運動エネルギーは『約35京ジュール(※3.51125×10の17乗)』となる。


 これはアメリカが行った核実験、トリニティ作戦で使用された核爆弾が25キロトン(1.046×10の14乗)の1000倍を超える破壊力がある。


 さらに言えば、史上最強と言われる核兵器『ツァーリ・ボンバ』の出力は50メガトン(約21京ジュール)だ。



 そして彼女の亜光速パンチは、その史上最強の核爆弾の1.5倍の威力を持っていた。

 地震のエネルギーに換算すればマグニチュード8.4だ。



 これより弱いマグニチュード8の地震の場合だが震源が深さ約45km、陸から80km離れた地点の地震で最大震度6強を観測している。


 ちなみに、ツァーリ・ボンバの爆発の際、高度4000mでの爆発にも関わらず周辺でマグニチュード5.5の地震が観測されたと言われている。

 また、半径数百kmの範囲の木造家屋が衝撃波で全て消し飛んだと言われており、50km付近ではレンガ製の家でさえ窓や屋根が尽く吹き飛ばされたらしい。



 つまり、今この場所に出現したエネルギー源が全力で解放された場合、マグニチュード8.4の地震が発生した上に、半径1000km近くに及ぶ範囲の建造物が消し飛ぶ事になる。



 だがそれを知らない彼女は、拳を止めることはなく、世界を滅ぼしかねない右ストレートが、今、解き放たれた。



『ピギ』


 ッッッッッ!!!!!








「ったく、アイツ何処へ行きやがった····· まさか謹慎中の寮を抜け出すなんてよ」


「仕方ありませんザマス、彼女はさらに厳罰に科すべきザマスね」

「だろうな·····」



 一方その頃、ルクシアが色々おかしくなる原因を作った現況のフィジクス先生と生活指導担当のシドー先生が、寮から抜け出したルクシアを捜索していt·····



 カッッッッ!!!


「なんだ?なんの光·····だッッ!!?!?」

「なんの光ザマス?」



 が、窓の外から突然とてつもない閃光が差し込んできた。

 そしてフィジクスが窓の外を見た瞬間、全ての事態を察した。


 とてつもなく巨大なキノコ型の雲が、他の雲を消し飛ばしながら空高く舞い上がっていたからだ。



 あれは間違いなく、超高エネルギーを持った火山の噴火クラスの大爆発が発生した証拠だ。

 そしてフィジクスは雲の距離から衝撃波が到達するおおよその時間を特定して、即座に動き始めた。



「全員伏せろ!!!そして今すぐ町の防御障壁を最大出力であの雲の方向に集中して流線型になるよう展開しろ!!今回で壊れてもかまわん!!!」


「先生、何ザマス·····!」

「どうなるか分かったもんじゃねぇぞ、耳を塞いで口を開けて目を瞑って隠れてろ!!!」



 そして町の防衛所や魔法学院も事態の深刻さに気がついたのか、即座に町の片面にドラゴンに襲われようとはじき返す結界を展開した。



 その次の瞬間、それは訪れた。



 ッッッッッドッッッッゴァァァアアアアァァアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアンッッッッ!!!!!!


 バリィンッ!!!

 バギャァァアアアアアアアアアアッッ!!


「ひ、ヒィィイイイイザマス!!!」

「悲鳴でもザマスは言うのかよ!!!」



 フィジクスは呑気にツッコミを入れたが、事態は最悪だ。

 訪れた衝撃波が堅牢な防御結界に衝突し、その余波が街を貫いた。


 障壁の形状を咄嗟に変えてたが故に、衝撃波が町を避けるように抜けていったが、その余波でさえ町を壊滅状態に追い込むのには充分だった。


 正確に言うと、衝撃波だけなら窓ガラスが片っ端から割れた程度で済んだが、それに加えかなりの強さの地震まで発生していたため、被害は甚大な物になっていた。



「·····収まったか?校舎は·····無事か、だが町が酷い有様だ」

「なんだったのザマス·····」


「あーーー····· さぁな」



 そう言ったフィジクスの頭には、ド天然でだいぶヤバい事をやらかした女学生の顔が浮かんでいた。









 なお、今回発生した爆発は実際はTNT換算で1500トン程度、広島に落とされた原子力爆弾の1/10のエネルギーしか無かった。

 (※中東のレバノンで発生した大爆発と同等の威力)


 その理由は、不完全な制御だった事に加え、拳が放たれた瞬間に前方に大気が圧縮してプラズマ化、摂氏6万度という超高熱により拳がオークに直撃するより早くオークが蒸発し、宙を切った拳の余波により1500トン近い爆発が発生していたためだ。



 これがもし直撃ないし、地面に当たっていた場合は計算通りの爆発が発生していたと考えると、今回の事態は不幸中の幸いと言えた。





 まぁ最も、その爆発を引き起こした本人もタダでは済まなかったが·····


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