第十四話ー商店街の協力二~正式な恋人~ー
そして、時間は十八時三十分過ぎ。
「やっぱり、十一月下旬なだけあって、寒いね」
「そうだなぁ、寒いなぁ、手……いや、なんでもない」
オレはこの時、『手でも繋ぐ?』と言いたかったが、オレと夏芽は恋人になりたいけど、現実は違う。少なくともオレは夏芽と付き合いたい、夏芽を守りたい、ハグしたい、あわよくばキスしたい、それ以上のことだってきちんと責任が取れるようになれたらしたい。夏芽の方はそこまで思ってないだろう。『モテなさそうな割にはいい先輩』くらいには思ってくれていると嬉しい。
それにこのクリスマス会が終わる頃にはこうやって一緒に商店街に向かって歩いたり、今回は実行委員の仕事による外回り仕事だが、こういう一緒に外回りの事をすることもなくなるのかとすごく悲しい。お互い帰宅部だし、同じ宝賀と言っても中等部と高等学校の差はある。オレは普通に行けば後、二年は学校に通う。しかし、夏芽はどうだ? 後、数ヶ月後には卒業だ。学校としては内部進学をして欲しいので、中等部の卒業式は、義務教育終了式という名ということも、久賀や夏芽から聞いた。もし、学校の思うように宝賀の高校に内部進学したとしても、今みたいに当たり前のようにそばに居てくれてるとは限らない。
この想いを伝えず、このまま、この片想いが終わるのも辛い。
確かに、理事長が置いていった『真実の薬』で、オレは夏芽に、『好き〜』と言った。その返事は、『わたしも好き〜』だったような気もする。
だが、出会った頃の態度を鑑みると、きっと、先輩として好きであって、人としての恋愛対象ではないだろう。
「手繋ぎましょっか。商店街に入るまでは」
「そうだね、夏芽……す……」
ここでまた真実の薬の効果が切れているのにも関わらずオレは想いを伝えかけた。夏芽はその言葉を聞き逃さなかった。
「す?」
「あ、……いや! 夏芽の家って鮮魚屋さんだったよな?」
「そうですけど、わたしの家が鮮魚屋って、迅くんに話しましたっけ? それよりも言い淀んだ、『す』と何か関係があるんですか?」
「そう! スズキかキスか……魚だとどっちのがおいしいのかなーと思って……」
くっ、寄りにもよって、その魚のチョイスが、なんでスズキか、キスなんだよ。なんというのか、魚のキスと言ったせいで……。
「んー、スズキは食べたことないから、キスかなぁー? 柔らかくて白身が美味しいんですよー。でも、今、高級魚なんだよねー。あー今度、お父さんに頼んで、キスの天ぷらにしようかなぁ」
柔らかくて、白身……。
オレは思わず夏芽の唇に目がいってしまった。
「迅くん、どこ見てるの……?」
オレの視線に気づいたのか、出会った頃とはまた違う感じで、すごくドスの効いた声だった。
「や、ごめん! つい、ね?」
「べ、別に見る分には許しますよ、わたしだってそこまで心狭くないし……」
もう商店街だし、そろそろ手離そうか?とオレが言おうとした。しかし、夏芽はオレを何故か引き寄せてきた。
「きっと……も…たいはず」
「ん?」
「ちょっとわたしの目線に合わせてもらえます? なんで、迅くん、そんな身長高いの!!」
ちょっと出会った頃のツンデレかのような夏芽を久々に見た。夏芽はあの頃から何も変わってないんだな。
――くっ、きっとオレの思い過ごしか、夏芽もなんだかんだオレのこと気に入ってると思っていたのも、そう思いつつ、オレは……
少し屈んだ。
屈むと同時に、夏芽もオレ同様少し動いた。最初はその反動でオレの頬に夏芽の唇がかすった、だと思った。にしては、頬に唇が当たる時間が長い。
「……キス……しちゃいましたね」
「……うん」
「嫌でした……? スズキとキスの名前出すからキスしたいのかな……って思って……」
「そんなことないよ。でも、いいの?」
「いいんです……好きな迅くんだから」
ここでもう一度、オレも好きと言うと、きっと、二人でここで暴走しそうな気がする。そうする訳には行かない。今は、まかりなりにも、宝賀中等部高等学校のクリスマス会実行委員として、南商店街の打ち合わせに参加するのだ。ここで恋愛感情をおおっぴろげにするべきではない。だから、オレは自分の感情を誤魔化して、『ありがとう』とだけ返した。
南商店街の鮮魚のはなまるに着いた。
「よぅ、兄ちゃん!! ……に夏芽ぇ!? おめぇ、最近帰ってこないと思ったら、宝賀のクリスマス会の実行委員やってたんかー!! えらなったのぅ!!」
「もう、お父さん、余所行きの変な話し方はやめて!」
「すまん、夏芽、つい、お父さんテンション上がって……」
夏芽のお父さんは夏芽には弱いようだった。いや、そりゃ、そうか。夏芽の年頃って、思春期で反抗期だもんな。それでも、オレは夏芽から好かれている。なんというか、歳近い年上の特権だな、と思った。
「さ、さ、迅くんも、お父さんの事は気にせず、商店街の会議室に入って」
「気にするんだけどなー」
「迅くん……?」
夏芽がオレのことを『迅くん』と呼んでる事に夏芽のお父さんは違和感を覚えたらしい。
「さて、はなまるさんとこの
「はい。あの、ボク一応、苗字やあだ名が『迅』ではなく、名前が『迅』なんです。広瀬 迅なんですが……」
「でも、彼女の夏芽ちゃんからは『迅くん』と呼ばれてるんでしょ?」
「細かいこと言うと、夏芽とボクは恋人ではないんです」
「ガハハ、いやぁ、隠さんでもええ、ええ。広瀬くん。肉屋の
「お父さん、ごめん、こんな感じで紹介するつもりは一切なかったんだけど、この広瀬 迅くんがわたしの好きな人なの。でも、まだお付き合いはしていないよ」
「そ……そうか」
「この調子やと、忠さん、お孫さんの顔を見るの近いんとちゃいますか? それはさておき、迅くんと忠はんとこの夏芽ちゃんには、ええお知らせやと思うけど、南商店街は少なくとも今年は全力で宝賀のクリスマス会協力しまっせ」
「咲良さん、京都弁から大阪弁に変わったな、これは本気と書いてマジと読むんやわ!! わかるか、広瀬、夏芽ちゃん、この意味が!!」
肉屋の宇川の大将は、日本酒をぐびぐび一升瓶から飲んでいる。
「宇川さん、もうそんなに飲んで……」
「なぁに、あのちびっこかった忠のとこの夏芽ちゃんに彼氏ができて、商店街の集会にカップルで来るんだ!! こんなめでたい日はないなぁ、忠!!」
「……くぅ、確かに、夏芽は小さかった。いや、まだ中学三年だ!! 小さいんだ」
「お父さん、そんなに小さい小さい言わないで!! わたしだってもう立派な女性なんだから!!」
「おっ、夏芽ちゃん、立派な女性か!! それじゃ、広瀬くんとはもうやることやったのか、ガハハ」
「……やりたいですけど……」
「あの、宇川さん……さすがにそれはセクハラですよ、って、夏芽も空気に流されない!!」
「おっ、広瀬くんもさすがは彼氏だ!! 彼女を守るのは義務だからな!! ガハハ」
「付き合いたいけど、付き合ってはいませんからねぇ。でも、さすがに好きな子へのセクハラ発言は見逃せません」
「迅くんを含む男諸君は少し黙る、いいどすな、要らんこと言ったらぶぶ漬け出しますぇ」
『うっす』とオレ含む男性は、宮古さんの威圧感に負けて黙った。商店街の集会があるとは昼過ぎに麻実さんと来た時に聞いていたけど、夏芽のお父さんが仕切っていると思っていたが、実際は、どうやら、宮古さんが仕切っているらしい。
「おーやってるなぁ、遅れてすまん、今日は宝賀のクリスマス会の二人も来るらしいやん?」
「おっ、
「制服組が宝賀の実行委員の二人?」
「せやでー忠んとこの夏芽ちゃんの……」
「宇川さんにぶぶ漬け出す用意しましょか」
「なるほどなぁ、だいたいわかった」
裕也と呼ばれた男の人は何かに納得したみたいだ。
「あぁ、宝賀の男の子、自己紹介が遅れて申し訳ない、僕は
「おじさんという割には見た目若くないっすか?」
「ガハハ、夏芽ちゃんの……」
「ぶぶ漬け」
「はい、広瀬くんに一本取られたな、裕也」
『咲良さん、カッコいい!!』という視線を夏芽は送っている。いや、確かにかっこいいけど、さ。そして、矢切さんは、魚の骨がノドに引っかかったかのような顔をしている。
「広瀬……」
「はい!! ボクが広瀬です!!」
矢切さんがふとオレの名前をボソッとつぶやいた。
「もしかしてだが、キミのお父さんは『修司』ではない……、よな、広瀬なんてよくある苗字だし」
「いえ、ボクの父は、広瀬 修司です」
「お! つまり、修司のやつ内気なの治ったのか!!」
「矢切さんが思ってる広瀬 修司とボクの父が同一人物であれば治ってないですね、息子のボクにすらあまり話してくれませんから。それなのに教師をやっているらしくて、ボクもこの間ここに引っ越してきた時に知ったほどですから」
「なんだよー修司らしいと言えばらしいなー!!」
「裕也はんも思い出話はもうよろしい?」
「あ、あぁ、すまない。大学時代の友だちの息子だと知ってテンションがあがってしまった」
「そして、残念なことに協力できそうなのが、わての料亭、裕也はんの雑貨屋、肉屋、忠さんの鮮魚店くらいなんや、後は理髪店やったり、来年の一月にショッピングモールできるからそれまでに店閉めるから協力できないんやて。あと、花火屋は声かけたあかんどす」
そういえば、引っ越して間もない頃に、麻実さんから来年の一月にショッピングモールができると聞いて内心喜んでいたが、よくよく考えれば地域の個人経営の店が潰れるということもあったのか……。
というか花火か……。
なんというか社会って簡単なようで複雑だ。
「そういえば、ショッピングモールできたら、この商店街どうなるんですか……?」
「何軒かはショッピングモールに出店申請してはるわ、あとは、常連客から『辞めないで』と言われて悩んでるところが多いな」
「楽しそうなお店が多いのに、なんというかもったいないですね」
「関西人には褒め言葉やな!! それは!!」
「宇川さんは少し黙ろうか、話が進まへんどす」
『うっす』としおれた宇川さんだった。
「ショッピングモールどうこうはさておき、僕のお店は参加者に受付で適当な雑貨のセットを渡すつもりだね」
サラサラッと『雑貨屋 矢切 受付時雑貨セット配布』と夏芽はメモを取った。しかし、オレはどうもこれでは雑貨屋が赤字になると思った。オレが口を挟もうと思うよりも早くに商店街の他のメンバーが話していた。
「オレのところはわけぇのが喜ぶように鶏のから揚げにでもするかなぁ、裕也のところが入場特典なら、こっちはなぁ……」
「思いつかないなら素直に売店にしなさいな、わては料亭だから、簡単に卵焼きにしますか」
「咲良さん、卵焼きなら、当日、作り方教えてくれませんか!!」
「ほう、それもそれでおもしろいどすな」
「失礼ですが、鮮魚のはなまるさんはどう言った形で協力してくれるのでしょうか……?」
さっきからずっと黙っている夏芽のお父さんにオレは声をかけた。
「……娘を出しているんだ、これ以上出すものなんて……」
「お父さん!! ふざけないで!! もういい!! 今後、わたしは迅くんの家から学校に通います!! それで、迅くんの家で寝泊まりします!! 迅くんとはこれを機に正式にお付き合いします。迅くんもいいよね?」
『あ、あぁ』とオレは答えた。こうして、夏芽とオレは正式に恋人関係になった。
だからと言っても、鮮魚のはなまるさんがクリスマス会で何を出してくれるか分からないとこちらが動けないのに変わりはない。
「よかったのぅ、忠!!」
「……何がよかったんだ、宇川。ええい、中止だ中止だ!!」
「忠はん、そんな私情が通用するとでも?」
「ぐぬぬ」
かなり気に食わなさそうな夏芽のお父さんはボソッと答えた。
「……刺身……」
「忠はん? 宝賀の生徒を腹痛にさせるつもり?」
「うちは鮮魚屋なんだ。刺身以外にあるかっ」
「そうですね、刺身の命は新鮮さですからね。刺身だったら申し訳ないですが、宝賀としてもはなまるさんの参加はお断りします」
「バター醤油炒め、これなら火を通すから文句はないだろう?」
「そうですね。では、まとめると、矢切さんのところは、入場特典に雑貨セット、宇川さんの肉屋は鳥の唐揚げの売店、宮古さんとこの卵焼き、梶原さんところの鮮魚屋はバター醤油炒めを提供してくれると言うことでよかったでしょうか?」
「待ってよ、夏芽ちゃんの彼氏!! 俺のところも無料で提供するわ、ガハハ!!」
「その好意には嬉しいのですが、そんなことをするとみなさんが赤字になってしまいます!! 自分のお店の売上もしっかり考えてください!! でないと……」
「ガハハ、忠が言ったはずだ、斉藤理事長にはお世話になってるって」
「そうどす、斉藤への恩返し含んだ今回の参加どす。それにな、迅くん、お店の経営で一番大事なのは、売上やないの。地域住民からの信頼なの。どんだけその時、売上良くても、地域住民からの信頼がないと意味がないの。また、ここで買おう、ここなら安心して任せられる。それが個人経営の醍醐味なんどす。鮮魚のはなまるの四代目になりたいならそれは覚えて欲しいな。なぁ、忠はん!!」
「ったりめぇだ」
「は、はい」
「ほな、話がまとまったところで今日はお開きにしましょ」
夏芽とイチャイチャしながら、歩いて学校に戻っている最中だった。
「迅くん……」
「ん? どうかした? 夏芽」
「わたし、迅くんのことが大好きなの。だから、……」
「ありがとう。でも、その話は今すべきでない。きっと、二人で羽目を外して、とんでもない暴走すると思うから」
でも、この時、夏芽が何を言おうとしているのかが理解できなかった。もっと夏芽の事もっと知らないとな、まかりなりにもオレは夏芽の彼氏なんだし。
……彼氏か。ちょっと不安だな。
学校に戻った。何故か多奈川さんが腹筋をしていた。
「ほら、なっちゃん、後四回!!」
「ふ、ふぇー、きついよーまやー」
「ただいま、何してるの……?」
「十九時半には帰ってくるかどうかの賭けの勝負!! なっちゃんが負けたから、腹筋五回追加!!」
麻実さんがオレの制服をいかにも怪しげに匂いを嗅いだ。それを夏芽は少し嫌そうな目で見るかと思った。予想以上に、すごく嫌そうな顔をした。
「お酒臭い」
「えぇー! 迅くんまさか、未成年なのに飲んできたの?」
「オレは飲んでない、なぁ、夏芽」
「そういえば、お茶も貰わなかったなー」
商店街の打ち合わせでは、一番よく話したのは、宮古さんであったが、絡んだ回数でいえば、肉屋の宇川さんだ。そりゃ、真横で日本酒をあんなにぐびぐび飲まれたら、制服にお酒の匂いもつく。
「そうだ、南商店街は四店舗協力してくれることになりました!!」
「おっ、どこどこ?」
「えっと雑貨屋 矢切さんがクリスマス会の入場特典で適当な雑貨セット……」
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