第3話
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そうして出会った俺と藤瀬はそれなりに仲を深めた。より親密になったのは、初めて受ける専門科目の試験勉強中だった。
「なんっっっにもわかんねえ……」
「ほー、授業出る意味ないじゃん。プークスクス」
昼飯を学食で食いながら、藤瀬は俺を馬鹿にして笑った。前期期末、皆の話題はもっぱら試験のことだ。
「君は僕には弱音を吐けるんだね」
「勘違いすんな。それとお前は授業に出ろ。お前こそやべえんじゃねえのか」
「大丈夫だ、先輩から解剖は一週間で行けると聞いた」
「ハァ!?」
解剖学の試験が、一週間!?
解剖学の試験といっても全てではない。今回は骨学。骨についてだけがテスト範囲だ。このために、俺たちは授業で骨格標本を眺めた。眺めたけど何もわからなかった。とりあえず頭蓋骨の中はエグい穴だらけで、そこの穴に全部名前がついていて、狂っているとしか思えないと言うだけだ。
「一週間って……そんなん無理だろ、だってあの参考書一冊分じゃねえか。先輩が勧めてたやつ」
「でも先輩は一週間あればって言ってたもん。そりゃあの参考書一冊……いや……あ、は、は……一冊だね」
自分がどれほど恐ろしい思考回路をしていたのか、藤瀬は気がついたらしい。うどんを啜る口が止まった。
「これ嫌い」
「おい、お前んとこ置いとけよ」
藤瀬は冷やしうどんについていたすだちを、俺の丼の中に投げ入れた。嫌いだからって俺のところに捨てるな。
「じゃあそういう君はもう勉強を始めていると言うことかね? 今は試験二ヶ月前だが」
「当たり前だろ! ちゃんと授業のレジュメだってファイルに入れてあるし、ノートも取ってる」
「過去問見た?」
「? 何それ」
過去問? そんなの、入学試験でもないのにあるんだろうか。不思議に思って俺は首を傾げた。
「うっわ、君冗談きついよ……」
「え、なんで? え?」
「過去問もらってないならもらえ! 先輩がいるだろ」
藤瀬が俺を箸で指して静かに声を荒げた。学食でデカい声出したら目立つからだろう。
「先輩っても。俺部活入ってねえからさ」
「あ〜〜〜。友達は?」
「…………お前、俺の友達じゃねえの?」
まるで自分は外野だと言わんばかりの言葉に、俺はびっくりして脱力した。友達は? って聞くってことは、その。俺、お前の友達じゃねえってことか?
ポカンと間抜けヅラで言った俺を、藤瀬はデカくて綺麗な目をぱちくりさせてしばらく見つめた。
「違……ったら、どうするの?」
「ど、どうもこうもしねえけど……」
「いや一応友達のつもりだけど、僕。流石に友達でもないやつに代筆頼むのは心が痛むし」
言いながら「ウッ」って藤瀬は胸を押さえた。わざとらしいジェスチャーだ。きっとこいつにある良心なんてミジンコくらいの大きさしかないのだろう。
「あ〜あ。じゃあ僕の過去問あげる。あと資料も」
「資料?」
「マージで君何にも知らないのか? 上の先輩たちのノートだよ。特にできるやつの」
「へえ。それはありがてえな」
話す限り、藤瀬の方が試験攻略に精通していた。
それから、俺たちは大学生協へ向かい、藤瀬が持っているという過去問と試験対策資料を入手した。
「なあ、今日僕の家来ないか?」
「えっ、お前の家?」
「うん。友達なのか、って君が言ったから。友達なら飲み会とかするかなって」
「あ、ああ……」
曖昧に頷きつつ、俺はちょっとだけ感動していた。実は、藤瀬に友達じゃないって言われたら友達ゼロになってしまうくらい、仲のいいヤツがいないのだ。藤瀬はすげえ交友関係広いのに。部活入ってるかどうかとかじゃなくて、コミュ力ってやつなんだと思う。
だから、飲み会に誘われるのなんてめっちゃくちゃレアで……そんな間柄だと藤瀬が思ってくれていたことに、ちょっとだけ感動したのだ。ありがとう、と素直に言おうとしたら、藤瀬に腹パンされた。やっぱり言ってやらねえわ、ありがとうなんて。
「行くよ、行く」
「じゃあ放課後僕の家来てくれる? じゃあね」
「お、おい待て、俺お前んち知らねえよ!」
「ああそうか。そっか。じゃあここで待ち合わせで。じゃあね」
どこへ行くんだとは聞かなかった。どうせどっかに遊びに行くんだろうから。見送ってしばらく、資料を眺めながら歩いていると、また藤瀬に会った。っていうか藤瀬も同じ方向に歩いていた。
「あれ、お前どうしたんだ?」
「え? 授業出るだけだよ」
「お、おう……」
珍しく授業に出るつもりらしい藤瀬と一緒に、講義棟に向かって歩いた。藤瀬の淡い茶髪が陽の光に透けた。藤瀬は色素の薄いやつで、日焼けすると赤くなるタイプだと言っていた。そばかすが頬にある。唇は薄くて、酷薄にも見えるくらいだ。
こうやって一緒に歩く女の子がいたらなあ。
思春期男子にもれず、俺だって彼女を作りたかった。でも学生生活も始まって一年と半年……次々に誰かが付き合っただの噂が流れてくる中で俺は同性の友達すら危うい。
俺に彼女はできない。
性欲を持て余す汚い童貞にはなりたくなかったので、潔くいるつもりでいたのだが。こうして藤瀬と歩いていると、こいつが女の子だったらよかったのにと思ってしまう。
ま、藤瀬はクソ野郎だから、女の子でもやっぱダメだな。
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