4−2


 それぞれ資料を完成させた哲也と聡太は、二人揃って社長室の扉を叩いた。


「これがプロジェクトのタスクリストです。あっ、全部じゃありません。要件定義工程だけです。それでもこれだけのタスクがあります。現在完了しているタスクが青く塗りつぶしてあります。はい、そうなんです。工期は半分も過ぎているのに、完了しているタスクは五分の一に満たないくらいです。このままではプロジェクトの完了は難しいと考えられます」

 聡太が資料のタスク一覧を示しながら社長に説明する。

「若林はなんと言ってるんだ?」

 社長からの質問に、聡太に答える間を与えずに哲也が口を挟んだ。

「若林さんにも相談しましたが、コトの重大さが分かってないのか、分かっていて隠蔽しようとしてるのか、そんな話は誰にもするなと言われました」

 哲也は聡太が驚いて自分の顔を見るのを無視した。

「そうか……それについて四宮、お前の意見は?」

「私にリーダーをやらせてください。必ずプロジェクトを立て直します。そのためのプランをこれから説明します。まずは……」


 哲也が社長にプランを説明しているあいだ、聡太は横で疑わしそうな顔をしていた。それはそうだ。システム開発を知っている人間が見たら、現実味の薄い見込みに基づいたプランだとすぐに分かるだろう。もちろん哲也にもそれは分かっている。それでも哲也は自信満々に堂々と説明を続けた。社長は真剣な面持ちで頷きながら聞いている。どんどん話に引き込まれてくるのが分かる。


 人間は話の内容よりも話者の態度で判断しているものだ。システム開発の専門家ではない社長でも、哲也の話していることを冷静に分析すれば、前提となる想定が恣意的でプラン通りに物事が進む可能性は低いと分かるだろう。しかし哲也があまりにも自信たっぷりなものだから、社長の頭から疑うという考えが消し飛んでしまっているのだ。社長の目には哲也のプランがとても素晴らしいものに見えているはずだ。


 聡太は説明が終わるまで何も言わなかった。疑問を持ちながらも社長が乗り気なので敢えて黙っているのだろう。聡太とはそういう奴だ。それでも最後まで疑わしそうな顔のまま、あからさまに哲也に同意するようなことは一言も言わなかった。いずれコイツも排除しなければならなくなるだろうが、今は味方につけておくのが得策だろう。


 哲也の説明を聞き終わった社長は、いくつかの質問を哲也にした後に言った。

「話はよく分かった。若林に代えて四宮をリーダーとし、プロジェクトの立て直しを図ることにする。四宮、頼むぞ」


        * * *


 社長室を出ると今度は聡太が哲也を会議室に引き込んだ。

「哲也、若林さんは本当にあんなこと言ったのか?」

「言いそうだろ?」

「じゃあ嘘なんだな?」

「そんなことはどうでもいいんだよ。大事なのはプロジェクトを立て直せる体制に変えることなんだから」

「それだけじゃない。お前がリーダーになるなんて、このあいだの話と違うぞ」

「そんなことに拘るなよ。『俺がやります』って誰かが責任持って言わなきゃ駄目だって考え直したんだよ。『皆でやります』じゃ社長も『うん』と言わなかったと思うぞ。それともお前がリーダーやるか?」

「いや、僕はリーダーとかはちょっと……」

「そうだろう? だから俺がやることにしたんだ」

 聡太はあまり納得のいっていない様子だが、それ以上なにも言わなかった。


 それから一週間後、若林をリーダーから解任し、代わりに哲也をリーダーとする人事が発令された。


        * * *


「若林! こんなヒヤリングじゃ駄目だ。やり直し。俺は協力会社の相手をしなきゃならないからもう上がる。明日までに作り直しとけよ」


 哲也は、若林から受け取った要件定義書を一瞥しただけで突き返した。中身など見る必要はない。どんな内容だろうと駄目出しするに決まっているのだ。どちらの立場が上なのか若林に分からせるのが目的なのだから。

 突き返された書類をぎゅっと握りしめて立つ若林を残して、哲也はオフィスを出た。


 哲也がリーダーになって最初にやったのは、協力会社として出入りする外注先のシステム会社に対して、今後プロジェクトで使う外注先はどんどん入れ替えるつもりだと伝えることだった。仕事を失いたくないシステム会社からの接待攻勢が始まった。さらに新規参入を狙う会社からも夜のお誘いを受けるようになり、哲也は毎晩のように飲み歩いた。


        * * *


「哲也、前よりひどいんじゃないか? ユーザーへのヒアリングは相変わらず若林さんに任せっきりだし、お前は飲み歩いてばかりでまともに仕事しないし」

「心配するな。ちゃんと考えてあるから」

「若林さんの要件定義書に駄目出しするのはいいと思うけど、まったく進捗しなくなってるぞ。こんな状況だと、また社長に報告しなきゃならない」

「策は打ってあるんだ。来週からぐんぐん進捗し始めるから」

 哲也は聡太からの追求に口から出任せを言った。策など何も打っていない。プロジェクトの進捗など本当はとうでもいいのだ。リーダーという肩書が欲しかっただけだ。しかしプロジェクトの実態が社長に報告されてしまうと、リーダーから外されてしまうのは間違いない。そうなったらまた若林にデカい顔されるし、他人の金で飲むことも出来なくなる。それは避けなければならない。若林をいびることが出来なくなるのはつまらないが、背に腹は代えられない。スカスカの要件定義書でも構わないからどんどん承認してしまおう。これでプロジェクトのタスクリストは一気にクリアされていくことになる。


 翌週の役員会で哲也はプロジェクトの進捗を次のとおり報告した。

「これが要件定義工程のタスクリストとその進捗状況です。塗りつぶしてあるタスクが完了したものです。先週までは予定よりかなり遅れていましたが、これまでの要件定義ヒアリングにおける問題点を洗い出し、改善策を検討することに時間を費やしたことが原因です。その成果を踏まえて今週から新しいメソッドで要件定義を作成するようにしましたので、ご覧のとおり、今週からぐんと進捗が良くなっています。この調子で行けば再来週には実績が予定を追い越す見込みです」


 自信たっぷりに報告する哲也のことを疑う者はいなかった。ただ一人、聡太を除いて。

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