3−1

 一億をドブに捨てるような結果になったのは、哲也が勝算もないのに強引にプロジェクトを進めたからだ。いやそれ以上に、その口車に乗って計画を承認した役員連中の責任だ。

 それなのにどうして、プロジェクトの危険性を警告しなかったという理由で自分が責任を取らされなければならないのか、聡太には全く理解ができない。その結果哲也が昇進して自分が降格させられるなんて、納得できるはずないではないか。聡太はちゃんと警告したのだ。このプロジェクトを哲也に任せては駄目だと。彼の手に負えるものではないと。それなのに、本人が頑張ると言っているものを辞めさせることはできない、と言ってそのままやらせたのは誰だ。


 会社を無断欠勤して朝からウィスキーを呷ったくらいでは、むしゃくしゃした気持ちが収まらない。酔った頭に浮かんでくる「冗談じゃねえ」とか「やってられねえ」とかの悪態をネットの検索サイトに次々と打ち込んで、表示される世の不満を眺めて自分を慰めようとしてみた。この世は間違ったことばかりだと思うことで、理不尽な扱いを受け入れられるかもしれないと期待したのだ。

 しかし、そんなことで気が晴れるはずもない。こんなことを続けても意味がないと頭では分かっているのに、手は止まることなく悪態を打ち込み続ける。これも一種の依存症かもしれない。聡太はそんなことを自虐的に考えたりもした。


 そうやっているうちに「とんでもねえ」と打ち込んで検索したときだった。ある地方を襲った地震に乗じてネット上にデマを拡散させた男が逮捕された、という記事が引っかかった。SNSで拡散された「とんでもねえ。近所の動物園からトラが逃げた」という文言がヒットしたのだ。デマを信じた人々からの問い合わせが動物園に殺到して業務に支障が出たので、男が業務妨害に問われたというものだった。


 聡太はすでにウィスキーを一本ほとんどストレートで空けていたからかなり酔っていたし、むしゃくしゃした気持ちとも相まって、理性を失っていたのだろう。聡太は勢いに任せてメッセージをSNS上に放ってしまった。


ーー極秘情報入手。ウチの近くの拘置所から凶悪殺人犯が看守を殴って脱走した模様。


 これまでも気が向いたときに簡単な近況や食べた料理の感想などをSNSに投稿したことはあったが、誰にも読まれないことがほとんどだったし、よくても一件二件の反応がある程度だった。だから酔った勢いとはいえ、頭の片隅では何も起こらないと計算していた部分もあった。


 それなのに、この投稿にはすぐに反応があった。


ーーヤバすぎ。どこの拘置所?


ーーウチの近くにも拘置所あるけど、そこじゃないよな。


ーー警察に電話したら教えてくれるかな?


ーー怖い、怖い、怖い。


ーーもっと正確な情報求む。


 パソコンの画面上を、目で追えないくらいの速さでメッセージが流れていく。


 最初のうちは面白がっていた聡太だったが、あまりの反応の多さに少し不安になってきた。

 いつも反応なんてないくせに、なんでこんなインチキな投稿には反応するんだ?


 大事になる前に、あれは嘘でしたと訂正メッセージを発信すべきではないかとも思ったが、それはそれでどういう反応をされるか分からず、躊躇してしまう。

 酔った頭であれこれ考えるのが面倒になった聡太は、そのうち収まるだろうと決めつけて寝てしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る