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 モビー・ディック・チャレンジにアカウント登録した翌朝四時三〇分、結衣はスマホから流れる歌声で目覚めた。目覚まし代わりのアラームとして登録してある女性アイドルグループのヒット曲だ。枕元のスマホを掴んでアラームを止めた結衣は、そのまま手にしたスマホで寝起きの顔を自撮りした。


 昨日、モビー・ディック・チャレンジにアカウント登録するとすぐにSNSメッセージが通知された。マスターから指令が出たからサイトにログインして指令を確認しろというものだった。結衣が登録したばかりのアカウントでログインすると、マイページ画面が表示された。一番目立つ場所に指令の一覧が表示される枠があり、最初の指令が書き込まれていた。


ーー明日の朝、四時三〇分に起きること。証拠の自撮りをアップした後は二度寝してよい。


 こんな早い時間に起きたのは、その指令に従ったからだ。


 保存された写真に日付と時刻が入っているのを確かめてから、モビー・ディック・チャレンジのサイトにファイルをアップロードした。

 すぐに琴音たち四人から『GOOD』サインが送られてきた。結衣もグループの証拠画像ページで四人の寝起きの顔を確認して、皆に『GOOD』サインを送った。

 指令に従うのが楽しいとは思わないけど、早朝に皆でこんな意味のないことをやって『GOOD』を送り合うのは、少し楽しいかもと思った。


        * * *


 寝起きの写真をアップロードして皆に『GOOD』を送った後、結衣はもう一眠りしてから登校した。


「おはよう!」

 今日も琴音の挨拶に結衣は振り返る。

「おはよう」

 肩からランドセルを降ろして机の上に載せようとしている琴音に向かって、結衣も挨拶を返した。


「琴音ちゃん、今朝のことなんだけど」

「今朝のことってなに?」


 琴音はあくまで知らん振りを通すつもりなのだ。それが約束なのだから。


 モビー・ディック・チャレンジにアカウント登録するとすぐに琴音がメッセージを送ってきた。

「モビー・ディック・チャレンジのことは内緒だからね。ふだん会ってるときにこの話は絶対にしちゃダメだよ。オトナはこういうの何でも禁止するから」

 結衣もそれには賛成だった。オトナはコドモが面白いと思うものは何でも禁止するのだから。もちろん、悪いことを禁止されるのは仕方ない。でも悪いことしようなんて思ってなくても、オトナが管理できないからという理由で禁止されてしまう。それでオトナが安心できるように管理し始めた途端、それは何ともつまらないモノになってしまうのだ。


「ううん、なんでもない」

「変なの。それよりも国語の宿題やってきた? アタシすっかり忘れてて……」

「またあ!?」

 結衣は机の中から国語のノートを取りだした。

「チョコパフェだよね?」

「チョコパフェは昨日のぶん。今日のは……レモンケーキかな」

「うわっ、ぼったくり! 足元見て……仕方ない。レモンケーキも追加する」

 結衣は手にしたノートを琴音に差し出した。


        * * *


 その日の放課後。五人で四ツ辻茶屋に行って、チョコパフェとレモンケーキを堪能した。チョコパフェは一人に一つずつ、レモンケーキはホールで頼んで皆で分けた。こういうとき琴音は気前がいい。結衣だって、宿題を見せたのは自分なのだから他の子たちまで奢ってもらうのはおかしい、なんて言うつもりは全く無い。そもそも宿題のお礼なんて本当はどうでも良くて、皆で美味しいスイーツを食べたいだけだ。琴音だって皆にご馳走するのは満更でもないのだ。たまたま自分が裕福な家に生まれただけなんだから、皆にもおすそ分けするのが当たり前と思っているようなところがある。嫌味なくさらっと皆に奢ってくれるところは格好いいと思う。オトナが聞いたら渋い顔しそうではあるけれど。


 夕方まで茶屋でおしゃべりして帰ったら、スマホにメッセージが届いていた。モビー・ディック・チャレンジの指令が出ているから、ログインして確認しろという内容だ。


ーーひと筆書きでくじらの絵を描くこと。上手でなくてよい。

というのが次の指令だった。


 結衣に絵心はない。それでも小さい頃に買ってもらってまだ持っている絵本を参考にして、潮吹きしているくじらの絵を描いた。我ながら可愛いく描けたと思う。

 画像をサイトにアップロードしたらすぐに『GOOD』が四つ来た。

 結衣も四人の画像を見て『GOOD』を皆に送った。自分のが一番可愛いな。そう思うと結衣は少なからず嬉しくなった。


        * * *


 翌日の指令は、

ーー筆箱の中に消しゴムを二つ入れて登校しろ。ただし人に見られてはいけない。

というものだった。

 結衣は予備に買ってあった未開封の消しゴムを筆箱に入れて登校した。人に見せるなという指令だから、他の子の筆箱を確認することはできない。結衣もヒトに見られないようにこっそり筆箱を開けて証拠写真を撮ってアップロードした。

 学校で確認することは出来なかったけど、他の四人もそれぞれ学校の机の上で筆箱を開けて、二つの消しゴムが入っているのが分かる写真を撮ってアップロードしていた。結衣は四人全員に『GOOD』を送った。結衣も四人全員から『GOOD』をもらった。


 その次の日は、

ーー寝る前に布団またはベッドの上に鉛筆を並べて『た』の文字を作れ。

という指令が書き込まれた。

 最近の結衣はシャープペンシルばかり使っていて、筆箱に鉛筆は入っていない。学習机の引き出しを引っ掻き回したら、開封していない一ダース入りの箱が見つかった。これを使って少し不格好な『た』を作ると写真に撮った。

 皆に『GOOD』を送り、皆から『GOOD』を貰った。


 次の日の指令は

ーー『宿り木』という言葉が歌詞に入っている歌のプロモーション動画を探して視聴しろ。

というものだった。

 検索サイトで「宿り木 歌詞」と入れて検索したらすぐに曲名が分かった。その曲名で動画サイトを検索してプロモーションビデオを視聴した。その再生履歴をスクショしてアップロードした。

 皆に『GOOD』を送り、皆から『GOOD』を貰った。 


 最初はモビー・ディック・チャレンジに乗り気じゃなかった結衣だったが、今では指令を楽しみにするようになっている。指令の内容がどうでもよいものであればあるほど、皆でそれを実行して『GOOD』を送り合うのが楽しかった。

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