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モビー・ディック・チャレンジを始めてから二週間くらいは、他愛のない指令が続いた。結衣もすっかりチャレンジを楽しむようになっていた。
そんなある日、次のような指令が書き込まれた。
ーー電柱から隣の電柱まで、三歩進む度に二歩下がって、また三歩進んで二歩下がってを繰り返して歩け。
別に難しいことじゃない。それでも結衣はもう六年生だ。街の中でこんな歩き方をするのは少し恥ずかしい。
結衣は自宅を出て駅に行くのとは反対方向に向かった。少し歩けば広々とした田んぼに出るからだ。思ったとおり、刈り取りの終わった田んぼには誰もいない。結衣は農道に立つ電柱から適当に一本選んでスタート地点とし、隣の電柱まで進んで戻ってを繰り返した。
ところが、その様子を自撮りした動画をアップロードしても『GOOD』が付かない。
結衣は琴音のアップロードした証拠動画を見てみた。
手ブレで揺れる画面にまず映ったのは商店街のアーチだった。郊外に大型のショッピングモールが出来てかなりの客を失ったとはいえ、まだまだ人通りの多い駅前商店街だ。次にカメラはアーチのすぐ脇の電柱を映した。続いてカメラが下を向き、三歩進んで二歩下がる琴音の足の映像が続く。
ときどきカメラが向きを変えて商店街の様子を映す。道行く人たちがジロジロ琴音を見ているのが分かる。琴音の顔は映らないが、少なくとも足取りから想像するに琴音は周りの視線なんか気にせずに三六五歩のマーチを続けている。それどころか琴音が歌っている声も入っていた。
結衣は他の三人の動画も見てみた。三人とも、駅前商店街ほどではないにしろ、それなりに人通りのある場所で撮影したものばかりだった。皆、街の人の奇異の目など全く気にしていないようだ。
四人は動画をアップするだけでなく、結衣にメッセージを送ってきていた。
ーー結衣、アンタだけだよ。あんなヒト気のないところで撮影したのは。ちゃんと賑やかなところで撮影しなきゃ駄目だよ。
四人ともそんな内容だった。
多分このときからだと思う。結衣が四人に何か不気味なものを感じるようになったのは。
それでも仲間外れにされるのは嫌なので、結衣は自宅から少し離れたスーパーマーケットの前の道に行き、通行人の奇異の目に耐えながら撮影した。
今度の動画にはすぐに四つの『GOOD』が付いた。
翌日の指令は、
ーー街で知らない人に後ろから抱きつき『すみません、人違いでした』と言え。
だった。
最初にアップされたのは莉緒の動画だった。駅前のロータリーで自撮りする場面から始まり、塀の上だと思われる高さに固定されたカメラでロータリーを広く映した映像に変わる。画面の端から飛び出してきた莉緒が知らないおじさんに後ろから飛びつき、驚いて振り返ったおじさんに頭を下げているところで動画は停止した。すぐに『GOOD』が三つ付いた。
続いて琴音、柚希、葵の動画もアップされて、それぞれ三つの『GOOD』が付いた。
結衣は『GOOD』を送ることも、課題をクリアすることもしなかった。
翌朝、結衣は約束を無視して、登校してきた琴音に問いたださずにはいられなかった。
「琴音ちゃん、あのチャレンジまだ続けるの?」
「チャレンジってなんのこと?」
琴音はあくまでしらばっくれるつもりらしい。
「もう止めようよ。アタシなんだか怖いよ」
「だから何のこと言ってるのか、さっぱりわからないんだけど」
結衣がチャレンジを放棄したから、琴音は怒っているのだと結衣は思った。他の子も怒ってるだろう。結衣はこの話を打ち切った。
放課後、結衣は一人で家に帰った。モビー・ディック・チャレンジのサイトにアクセスしたが新たな指令は書き込まれていなかった。
結衣は一人で駅前ロータリーに行き、通りかかったおじさんに抱きついた。
* * *
おじさんに抱きついた動画をアップして四つの『GOOD』が付くとすぐに次の指令が書き込まれた。
ーー下着を付けずにスカートを履いて登校しろ。
これまでの感じからすると他の四人は躊躇なく実行するだろう。最初は長めのスカートを履いていこうかと思ったが、たぶん皆、短めのスカートを履いてくるだろう。そして長めのスカートにした結衣には『GOOD』をくれないのだ。
翌朝、結衣は短めのスカートを履き、脱いだパンツを念のためランドセルに突っ込んで学校に行った。
学校に着いてもチャレンジのことを話すわけにはいかないので、他の皆が下着を付けていないのかどうか確かめようがない。ただ、四人とも短めのスカートを履いているのは確認できた。
家に帰って早速チャレンジのサイトにアクセスする。四人とも学校と分かる場所でスカートをまくって尻を見せている画像をアップロードしていた。
結衣も自分の画像をアップロードしてから皆に『GOOD』を送った。結衣の画像にもすぐに四つの『GOOD』が付いた。
そして次の指令。
ーー服を全部脱いで自撮りしろ。
さすがにこれは拒否する子がいるだろうと思ったのだが、すぐにアップロード通知が四通来た。
四人とも全くの裸で、どこも隠すこと無く写っている。どの子もまっすぐカメラ目線で、結衣も早くしろと急かしているように見えてくる。
結衣はしばらく逡巡していたが結局、服を脱ぎ脚を開いて写真を撮った。
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