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 ユークは帰宅する前に、オリゾンの岩場へと赴いた。リディアと別れたあの場所だ。そこに行けば、彼女がいる気がしてつい足を運んでしまう。戻ってくるのは半年後なのだから、そこに後ろ姿を見つけられるわけはないのに。


 高い岩場からは、先ほど出てきたばかりのリーヴェン校も見える。


 真祖との戦いの中で、リーヴェン校の校舎は半壊した。創設記念パーティーのため、教師や生徒のほとんどが集っていた東棟は奇跡的に無事で、瓦礫に押しつぶされた人間はいなかった。リディアやクラリス──対吸血鬼特殊部隊シルバーバレットの二人が、大広間がある方角には被害が及ばないように立ち回っていたのかも知れない。


 CVOから派遣されてきた魔術師たちが校舎を元通りに直し、学校に平穏が戻るのに時間はそうかからなかった。リディアは家の事情でリーヴェンを発ったこととされ、様々な噂が流れたが、本当の事情を知るユークとビビアナは当然のこと口を閉ざしていた。


 あれからリーヴェンに吸血鬼は出ていない。


 あの事件はCVOの吸血鬼対策部隊イージスが事態を収めたことになっており、役に立たなかったハンターとかいう連中は肩身の狭い思いをすることになった。それはファビアンも同じで、あれからすっかり大人しくなり、極力目立たぬように学校生活を送っているとクラスメイトのビビアナが話していた。


「……はーっ……」


 何事もなく、平和な時が過ぎていく。


 リディアがリーヴェンに帰ってきていた時のことが、まるで夢の中の出来事のようで──もちろん良い思い出ばかりというわけではないが、この地に立つ彼女の姿にばかり思いを馳せてしまう。


 抱えた膝に顔を埋め、暗闇の中で目を閉じる。子どもの頃、部屋の隅でこうやって過ごすことが多かったなと思い出す。そうしていたら必ずリディアがやってきて、声をかけるのだ。


『ユーク、ご飯だよ』『一緒に遊ぼ』『お喋りしよ』──……


 何度目かでユークがようやく重い頭を上げると、少女はいつもパッと笑顔を咲かせた。


 その笑顔はあまりにも眩しくて、今でも鮮明に思い浮かべることが出来る。







 ──ふと、温かい風を感じて瞼を持ち上げた。


 感覚で、随分長い時間眠ってしまっていたことに気付く。


(やば……)


 慌てて顔を上げると、やはり空は暗い。しかしその代わりに、目の前には光があった。夜だというのに、まるで太陽のような金色の光が。

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