プロローグ 再会の約束

1



 一番古い記憶は、雨の中のゴミ捨て場。


 どうしてそこにいるかは分からなかった。ただ、周りに積み上がっている足の折れた椅子や、黴びた本棚、破れた本たちと自分は同じ運命を辿ったのだと理解した。


 やがて大人がやってきて、医療魔術師による治療を受けた。それから数日間ベッドの上で過ごしたあと、児童養護施設に連れて行かれた。


 そこにいたのが、あの姉妹だった。


 シラサギという変わった響きの姓は遠方の国の血筋を表し、ふたりともこの辺りでは珍しい髪と目の色を持っていた。


 底抜けに明るく、子どもながらにカリスマ性を遺憾なく発揮して常にみんなの中心に立っていた姉。そして大人しく繊細な雰囲気で、些細なことにもいち早く気付く優しい妹。


『私たち、家族でしょ。ユーク』


 塞ぎ込み、誰とも言葉を交わそうとしなかったユークに、リディアは拗ねたように言った。


 それから一緒にご飯を食べて、自然と会話をするようになって、気付くと遊んだりもしていて──当たり前のように、ずっとそばにいてくれた。


 何か劇的な出来事があったわけじゃない。ただ、彼女が笑うと嬉しかったし、悲しんでいると胸が痛んだ。あの頃過ごした日々の中で、ユークは当たり前のようにリディアに惹かれた。






「あっ、ユークくん!」


 学校の正門を出たところで、弾んだ声に呼び止められる。リディアの友人のビビアナ・オタラだった。


 彼女たちが仲良くしていることは在学中から知っていたが、ユークとビビアナが話すようになったのは影の真祖との戦いより後のことだ。


「ああ、ビビアナ。先週の合同授業以来だな」


「うんっ、あの時はありがと! あ、そうそう、リディアから手紙来た? 半年後には帰ってこられるんだってね!」


 ほとんどスキップのようにして歩くビビアナの三つ編みが、ひょこひょこと揺れる。嬉しくて仕方がないといった様子だった。


 影の真祖スコティニアがリーヴェンを襲った事件から半年。


 そしてリディアと再会出来るのはこれからまた半年後。つまり丸一年は手紙だけのやり取りで我慢しなければならないということだ。


(……前は七年も待てたのにな)


 想いが通じ合って二人の繋がりは強くなった。再会の約束も交わして、期間もはっきりとしている。それなのに、離れている時間は以前よりずっと耐えがたいものとなっていた。


「半年って、まだまだ先だけどな」


「んー、まぁそうだけど。ずっと戻ってこれなかったらどーしようって思ってたから、目処がついたことだけでも嬉しくって。まっ、向こうには隊員番号一ワン様もいるし大丈夫だよねっ」


 うんうんと頷くビビアナは、隊員番号一ワンがリディアにした仕打ちについて聞かされていないようだった。おそらくビビアナに複雑な感情を抱かせないための配慮として、リディアが口止めしたのだろう。ユークにとっては思い出すだけで胃がムカムカとする対象でしかないが、ビビアナにとって隊員番号一ワンは命の恩人なのだ。


「わたしは最近あったこととか、ハマってることとかについて話してるけど、二人はどんな手紙のやり取りしてるの? やっぱり愛を囁きあってるの? リディアってば聞いても教えてくれなくて!」


 興味津々で聞いてくるビビアナに、ユークは渋面を作って答える。これはなかなかに、痛い質問だった。

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