13
リディアが両腕を掲げると、そこに金色の枷が浮かび上がる。以前クラリスに掛けられたものと同じ、魔術式の発動を防ぐものだ。本来は物理的な拘束もされるものだが、今は特別に見逃してもらっている。ただ、あの時はいつの間にかクラリスが解除してくれていたようだが、今回のものは大司教の赦しが出なければ外れない特別なものだった。
「でも、いつか必ずここに帰ってくるわ。……だから……」
リディアはぎゅっと拳を握りしめ、ユークの目を見て言った。
「また、私を待っていてくれる?」
遠くに船の影が見え始める。別れの時はすぐそこに迫っていた。
ユークは目を丸くしたあと、困ったように笑って答える。
「──待つのは慣れてる。けど、あんまり遅かったらこっちから迎えに行くぞ」
リディアは胸がいっぱいになって、気付けばユークの胸に飛び込んでいた。ユークも力強く抱きしめ返してくれる。微かに聞こえる心臓の音に、愛おしさがこみ上げた。
「ユーク、あなたのことが好き。昔も、今もずっと」
「……うん。俺も……俺も、好きだ」
ユークの声が微かに揺らいでいる。寂しさや嬉しさ、とにかく溢れ出る感情を押さえられずに、二人はしばし見つめ合う。
やがてユークがリディアの頬に触れた。壊れものを扱うように優しく滑る指先が少しくすぐったいけれど、心地良い。
二人の距離が自然と近づく。思わず目を閉じようとして──ハッと我に返った。
「まっ、待って!!」
「むぐっ」
咄嗟にユークの口を両手で塞いで押し返す。そのまま静止すること数秒。
「……………………今の流れで……断られる、とは……」
ずーんと分かりやすく落ち込んだユークに、リディアは慌てて弁解する。
「ち、違うの! 嫌とかじゃなくてっ」
「じゃあ何で……」
「本当に違うわ! 私だってキスしたいもの!!」
「………………」
どさくさに紛れて、自分が何を口走ったのかは気付かないまま。
「だけど、まだ人間の身体に戻れたのかはっきりしてないからだめ! 吸血鬼の口の中には、特殊な魔術的作用があるっていう研究者もいるのよ!」
「でも、マドリは
「そ、そうだけど。ユークに何かあったら、私……」
「…………。だよな、リディアならそう考えるよな」
「? どういう……」
意味? と聞くより先に、腕を引っ張られる。それはあまりに突然で、一瞬の出来事。
驚きの声をあげる暇もなく、気付けば唇が触れあっていた。
「ん、ぅ……?!」
慌てて突き放してももう遅い。
ぷるぷると震えるリディアを見て、ユークは顔を赤くしながらも、ざまあみろと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「これで、さっさと帰って来るしかなくなったな。俺に何かあったら困るから」
「なっ……」
「責任感が強くて、慎重な性格。その割に自分のことは蔑ろにする。そういうとこ、昔から変わってないな」
幼なじみの性格を、ユークはよく理解していた。その上で利用した。彼女が少しでも早く、自分のもとへ帰ってくるように。
「私、絶対に帰ってくるって言ったでしょ?!」
「うーん。保険、的な? あと、また待たせることへの仕返しもだな」
「そ、そんなことのために……!」
「ははっ、まぁ何かあったら責任取ってくれ。俺も取るから」
「………。……………ずるい」
リディアの拗ねたような呟きは、海風にさらわれるほど小さかった。
二人を急かすように船の汽笛が鳴り響く。
最後にもう一度見つめ合って、照れくささと寂しさを笑って誤魔化して。
二度目の別れを、迎えた。
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