12



 リディアとユークは、以前、一緒に日の出を見たオリゾンの岩場へと足を運んでいた。


 今、目の前に広がっているのは朝日ではなく夕日だが、あの時と同じように海は美しく輝いている。二人で並んで座っていると、時間の流れから切り離されたみたいに穏やかな気持ちになれた。


 ビビアナは隊員番号一ワンに会えただろうかと、赤く染まる水平線をぼんやり眺めて思いを馳せる。彼女の話に該当する対吸血鬼特殊部隊シルバーバレットは、隊員番号一ワンしか考えられなかった。


(会って、ちゃんと伝えられてるといいな)


 そんなことを考えていると、不意にユークが前を向いたまま静かに言った。


「もし人間の身体に戻っていなくても、殺されたり……酷い目に合わせられることはないんだよな?」


 それ何回目? とリディアは苦笑する。ここ数週間、同じ質問ばかり受けている気がした。


「大丈夫よ。マドリ先生が医療魔術師会にも掛け合って意見書を提出してくれるらしいし、少なくとも人間としての自我は残っている相手に大司教がそんな仕打ちをするとも思えないわ。それにほら、見て」


 リディアは自分の目を指さす。


「髪はまだ銀色のままだけど、目は元の色に戻りかけてるでしょ?」


「……あぁ」


 マゼンダと、ラピスラズリのような蒼が混じり合う不思議な色の瞳を見て、ユークはようやく少し微笑んだ。


「綺麗な蒼だよな。昔から、ずっと思ってた」


 唐突にそんなことを言うものだから、リディアは虚を突かれて「あ、ありがとう」と言うのが精一杯だった。


「……私、お姉ちゃんを見て、自分の瞳の色をちゃんと思い出したの。あぁ、確かこんな色だったなって」


 懐かしい姉の姿を思い出し、目を細める。ほんの少しの再会だったけれど、あの一瞬はリディアにとって大切な宝のようなものとなっていた。


「マリナ……ずっと、リディアを見守ってたんだな」


「ユークにも分かるの?」


 驚いて聞き返す。


 リディアは自身の身体からテネブレの血が消失したとき、姉の魔力がほんの少し残っていることに気付いた。


 テネブレはあの日、マリナの血を吸って殺し、そして七年後にリディアを眷属にしようと魔力と血を与えている。きっとその中で〝繋がり〟が生まれたのだ──と解釈した。


 しかし何故、ユークまでそれを感じ取っていたのか。


「リディアが苦しんでる声を聞いて、ドアを開けてもらったことがあっただろ。初めて二人でオリゾンの岩場に来る前だ。あのとき、確かにリディアの声も聞こえたけど、はっきり『助けて』って叫んだのは別人のものに聞こえた。……多分、あれはマリナの声だったんだ」


「…………」


 目頭が熱くなる。でも、涙はもう流さないと決めた。


『幸せになってね。……愛してる!』


 姉は、リディアの幸せを願って消えた。テネブレにあの日から自分の幸せについて考えたことなんてなかったけれど、その答えは既に目の前にある。


「アルゼンタム大聖堂での審判で人間であることが認められても、私、しばらくは謹慎か……投獄されると思う。どちらにせよ、自由には動けないわ」


「……は? なんだそれ、聞いてな……!」


対吸血鬼特殊部隊シルバーバレットが半吸血鬼の身になって、報告もせず自分勝手に逃げたんだもの。その罪からは逃れられない。先生も分かってると思う」

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