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 ──……


 港町リーヴェンに顕現した影の真祖スコティニア。死都化レベルを0から5まで一瞬にして引き上げ、多数の眷属を召喚。町に吸血鬼たちが蔓延ったが、これを完全に制圧したのは対吸血鬼特殊部隊シルバーバレット隊長、隊員番号一ワンだった。


 隊員番号一ワンとユークが影の一族の吸血鬼たちを倒したお陰で、真祖への力の供給を断つことが出来た。あれがなければ、スコティニアを討つことは不可能だっただろう。小さな町とはいえ、ひとりも死者が出なかったことは奇跡という他に無かったとクラリスは思う。


隊員番号一ワン。出立前に申し訳ありません」


 隊員番号一ワンは宿でひとり、静かに窓の外を見ていた。その背中に声をかけてクラリスは辞儀をする。


「リディアに頼まれて、客人を連れて参りました。貴方に一目お会いしたいと」


 隊員番号一ワンは訝しげに眉をひそめ、車椅子を動かして振り返る。


 そこには魔眼をひとつ失ったクラリスと、一人の少女が立っていた。


 隊員番号一ワンの記憶に、その大人しそうな少女は存在しない。しかし少女のほうは隊員番号一ワンを見た瞬間、目を見開き、息をのんだ。


「……何者だ?」


 重々しい声に、小柄な少女は肩を跳ね上げてしゃべり出す。


「ああああああの、わた、わたくしはっ、ビビアナ・オタラと申す者です! アリ……じゃなくて、リディアの友人で、同じ学校に通っていまして、そ、その……」


 緊張に染まった頬に、一筋、涙が流れる。


「子どもの頃に……わたし、あなたに助けられました。奈落の吸血鬼に襲われていたところに、あなたが来てくれたんです。だから、ずっとそのお礼が、したくて。あ、あの時は……本当に、本当にありがとうございましたっ……」


 嗚咽まじりに、それでもビビアナは何とか最後まで言い切った。ずっと胸の奥にあった、伝えたかった言葉を伝えられた。


 そのまま涙を止められない少女を前に、隊員番号一ワンは珍しく困惑した様子でクラリスに視線を向ける。しかしクラリスはつんとそっぽを向いた。友人リディアにした酷い仕打ちへの、ささやかな仕返しだ。助け船なんて出すものですかと内心で小さく舌を出す。


 隊員番号一ワンは仕方なく、無味乾燥に返答した。


「…………己の責務を果たしたまで。礼など必要は」


「ぎゃ───────っ、渋い! かっこいい!」


「………………」


「はっ、す、すみません。推しを前にしてちょっとテンションが変に……」


 涎を拭いて、ビビアナは続ける。


「えっと、それからその……リディアが、CVOに戻ると……聞きました。事情はわからないけど、何かの検査をするって。その、リディアのこと、よろしくお願いします。リディアはすっごく強いけど、それと同じくらい繊細な子だと思ってて……!」


「解釈一致ですわ」


 クラリスが突如、くわっと目を見開く。


「えっ、本当ですか?!」


「えぇ。わたくしたちも良い友人になれそうですわね。ビビアナさん」


「ほわぁああ、嬉しい!」


「……………………」


 きゃっきゃと楽しげに手を重ね合わせる少女たちに、隊員番号一ワンはただただ無言でその様子を見ていることしか出来ない。これなら、吸血鬼たちの相手のほうがよほど楽というものだ。ただ──……


『わたし、あなたに助けられました』


 ビビアナの真っ直ぐな眼差しが、言葉が、脳裏に焼き付いている。隊員番号一ワンはゆっくりと息を吐き、己の失った両の足に視線を落とした。


 憎しみのままに吸血鬼を屠ってきた。それこそ人間性を捨て、色んなものを犠牲にして今に至る。その道の途中で、あれほど純粋な感情を向けられているなど──少女が自ら伝えに来なければ、気付くこともなかっただろう。


「……名残惜しいですが、そろそろ船が着く頃合いですわ」


 クラリスがビビアナと重ねていた手をそっと下ろす。


「ゆっくりと迎えに行きましょう。ふたりの時間を、少しでも長く過ごしてもらえるように」

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