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「……どんな方なのかと思っていましたけれど、なるほど、確かに勇ましさの中に可愛らしさもある。リディアに聞いていた通りですわね」


「「えっ?!」」


 リディアとユークの言葉が重なる。かーっと顔に熱が籠もっていく。


「な、なんで言うの! なんで言うの───っ!」


 思わず同じ言葉を繰り返し、真っ赤になった顔を覆ってじたばたと暴れたくなった。しかし全身傷だらけの身ではそれさえ満足に出来ず、行き場のない羞恥心だけが膨れあがっていく。


「まぁ、真顔で延々と惚気ていた方とは思えぬ反応ですこと」


「なにそれ、詳しく聞きたい」


「聞かなくていいからっ! もう自分の病室に戻って!」


 病室にあるまじき大声で騒ぐリディアと、興味津々で身を乗り出すユークを見て、マドリは意味ありげに目を細める。


「……ほーう」


「な、なんだよ。ニヤニヤ笑いやがって」


「いいや? ただ、俺の言った通りだったろ。兄じゃなくても、家族になる方法はあるぞって」


 カツカツと、カルテにペンを走らせる音だけが病室を支配する。たっぷり間を開けて、リディアがポツリと呟いた。


「……兄?」


「お前を養子として引き取った時に、自分も引き取れって直談判に来たんだよコイツ。他に引き取り手として名乗りを上げてる家族もあったのに、だ。こっちはガキ二人も育てるのなんざ御免だからな。さっきの言葉を言ったら、トマトみてぇな顔になって『そういうことじゃなくて』とか散々言い訳した挙げ句、結局引き下がるっていう……」


「──な」ユークの声は完全に裏返っていた。


「なんで、言うんだよそういうことを! だから嫌いなんだこのくそ医者あああ──っ!!」


「はっはっは」


「真顔で笑うな! まじでムカつくなお前!!」


 マドリの白衣を掴んで前後にがくがくと揺らすユーク。リディアはしばし惚けたままその光景を眺めたあと、天井に視線を戻した。


「なんだか。胸が、ぎゅってするわ」


「キュンとする、のほうが正しいかと」


 クラリスは新しい紅茶を淹れながら訂正する。ベルガモットの心安らぐ香りを、開いた窓から流れ込む風がふわりと運んできた。


「それにしてもマドリ先生は子どもがお嫌いですのに、リディアは引き取ったのですね」


「……………そうね」


 ふと、過去の光景が蘇る。


 テネブレが引き起こした悲劇のあと、教会に並ぶたくさんの棺のうちのひとつ──リディアたちの育ての母、シスター・クレアの亡骸の前で立ち尽くすマドリの姿。


 その数日後、姉を亡くし呆然と病室に引きこもっていたリディアのもとへ来て、

『俺は子育てとやらをしてやるつもりはない。クレアのようなことは出来ん。……それでもいいなら……養子に来るか。最低限、養ってはやれるだろう』


 そう、自身も戸惑った様子で口にした彼の姿を。


「ああ見えて、愛情深いひとなの」

 

 長い間、見つけられなかった答えを囁いて、リディアはそっと目を閉じた。

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