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 その後の記憶は朧気だ。


 マドリに応急処置を施してもらっているうちにいよいよ限界が来て気を失い、次に目覚めた時にはベッドの上だった。マドリの昔なじみが経営しているという近くの医療施設に運び込まれたらしい。テネブレとの戦いの後とよく似た状況だが、あの時と違うのは体中の痛みを感じることだった。


 様々な検査を受け、リディアはおそらく人間の身体に戻れている──とマドリは言った。


「半吸血鬼から元に戻った症例なんざどこにもない。CVO総本部、アルゼンタム大聖堂で聖職者に看てもらわない限りはなんとも、だな。ただ、医療魔術師おれの見解は安全グリーンだ」


「なっ……CVOって、あんな奴がいるとこにリディアを行かせるっていうのか!?」


 ベッドサイドの椅子から立ち上がり、ユークはものすごい剣幕でマドリに詰め寄った。リディアは横になったまま骨が折れていない方の手でユークの服を掴み、その動きを制する。


「ユーク、あなたも怪我人なんだから大人しくしないと!」


「んなこと言ってる場合か!? またどんな扱いを受けるか分からないんだぞ。なんでそんな落ち着いてられんだよ!」


「アルゼンタム大聖堂なら大司教預かりよ。隊員番号一ワンも簡単に手を出せないわ。それに、彼は悪人じゃない。ただ吸血鬼を憎んでいるだけだから」


「……けど、リディアにあんな大怪我をさせたのはただの私怨だろ」


「ええ、それに関しては仰る通りですわ」


 窓際の椅子に座り、優雅に紅茶を飲んでいたクラリスが言った。マドリがカルテを書きながら「どっからティーセットを持ち込んだんだ?」と呟く。


「ですが、リディアに加勢するようにとわたくしに指示をしたのも隊員番号一ワンでした。真祖顕現という非常事態に、彼は迷うことなくリディアを戦力として数え、わたくしをリーヴェン校へ向かわせ、自身は町に出現する吸血鬼たちの処理を一人で請け負った。リディアの自己回復脳力を鑑みた上での戦力分配……たとえどれほど冷酷であろうと、被害が最も少ない手段であることは間違いありませんでした」


 そう話す彼女の左目は眼帯で覆われている。そんな大きな損失を感じさせない微笑みを、クラリスは浮かべた。


「貴方のことも隊員番号一ワンは戦力に数えていましてよ、ユーク・シュナイト様。ですから隊員番号一ワンはリーヴェン校以外の場所に集中できたのです。一般の方でありながら天位階級魔術、主神の盾アイギスを操り、対吸血鬼特殊部隊シルバーバレット二名の目と鼻の先からリディアを連れ去った手腕、お見事でしたわ」


 唐突な賞賛を受け、ユークは勢いを削がれたように座り直した。


「あれはただ必死だっただけで」とぼそぼそ言うユークの横顔を思わず見つめていると、クラリスは右目を鋭く光らせる。

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