7
おそらくほんの一瞬、リディアは気を失って、気付けば落下していた。咄嗟に体勢を立て直して地上に降り立つが、頭がグラグラとする。魔力が底を尽きているのだ。視力が急激に低下したみたいに景色がボヤけていたものの、グラウンドに巨大な穴があいていることは分かる。
穴の中心でスコティニアが倒れている。早くとどめを刺さなければ、自己再生が進んでしまう。まだ夜は明けず、マドリの姿は見えない。でも、もうこれ以上は──
(引き延ばせない……)
真祖が再び力を取り戻せば、二度とここまで追い詰めることは出来ないだろう。そんな力なんて、誰にも残っていない。
リディアは一歩ずつ、ふらふらとスコティニアのもとへ歩いて行く。その途中で、
「母を、殺セば……おまえも、死ぬのよ……」
潰れた喉を震わせて、スコティニアが何とか言葉を口にした。呼吸するたびにひゅうひゅうと空気が漏れている。自己再生は始まっていて、今は肋骨が出来上がっているところだった。
死ぬのは嫌だ。あの時と違って。
だけど、大切な人たちを失うことのほうが──自分の死よりも怖い。
銃を構えようとして、ドッと胸に痛みが走った。スコティニアの黒い爪が伸び、リディアの胸を貫いている。
「ほら……貴女の自己再生、さっきから進んでイない、でしょう? 母が弱っていルから……」
「っ、あ」
血の色が隊服に広がる。傷口から体温が奪われ、身体が徐々に冷たくなっていく。
「だから、母と一緒に、生キましょう。それなら貴女も生き延びられるわ……」
「……それこそ、っ……死んでも、ごめんよ……」
どこからか、リディアを名前を叫ぶユークの声が聞こえる。彼が悲しんでくれていることが、嬉しいと思ってしまう自分がいた。
あの事件から、復讐のために生きてきた。心の中を占めるのはほとんどが憎悪だった。
もっと早くに、リディアをここまで生かしてくれたような感情のために──愛のために生きていたら──何かが変わっただろうか。
感傷を振り払い、指に力を込めようとしたその時だった。
「だいじょーぶ!」
声がした。この状況にはあまりに不釣り合いな、明るい子どもの声。
それこそ心臓が止まりそうになった。その声は女の子のもので、幼い頃のリディアの声にそっくりだ。顔を上げる。リディアの隣に、太陽のような少女が立っている。
少女はニィと笑うと、指で拳銃の形を作って言った。
「だいじょーぶだから、撃っちゃえ! ばーんって!」
「は」
あまりの衝撃に間抜けが声が出る。だってその姿を、リディアが見間違うはずがない。記憶の中と同じ──……
「マリナ……おねえ、ちゃん?」
「ふふっ! サプライズは最後に取っておかないとね」
姉はくるっとターンするように向きを変えると、ある一点を指差した。
「ユーク!」
大声で彼を呼ぶ。司令官然とした叫びは、ちょうど近くに転移してきたばかりのユークにも、しかと届く。
「……なっ、あ、え……!?」
少女の蒼い両眼に光が宿る。どこからともなく風が吹く。
ユークはハッと息を飲んだ。
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