6
――――……
「
雷鳴が轟き、無数の稲妻が降り注ぐ。それらを身を翻して躱しながら、真祖はせせら笑う。
「狩られる側が、死の淵に立たされても尚抵抗するのは世の常よね。知性のない獣だってそう。痛いのは、食われるのは嫌だものね。私だって嫌よ! よくわかるわ!」
足首を影の手に掴まれる。屋上より高い上空から、地面に叩き付けられる。防御魔法を施していても、骨が折れ、肉が潰れるのがわかる。さらに巨大な槍が降り注いでくるのを、転移で避ける。激しい酩酊感のようなものに襲われ、込み上げてきた胃液と血を吐き出す。
──皮肉なことに。
人間の身ならば、何度死んでいることだろうと思う。そしてスコティニアも、リディアを捕えるか力尽きるのを待つだけで、命を奪おうとは思っていない。元々は自分の力だったものを奪い返そうとしているだけだからだ。
「……けれど、復讐なんて考えるのは人間だけ」
迫り来る何本もの影の手を、
スコティニアはといえば、頬に手を当てて悩ましげなため息をついている。
「私にはそれが崇高な感情なのか、愚かな衝動なのか分からないの。理解出来ないの。わざわざ死んだ人間のために自分の命を危険に晒そうなんて、何の得があってそんなことをするの?」
「…………」
何故、復讐などを考えるのか。そんな問いにまともな答えなどあるわけがなかった。
自分の中に、澱みのように溜まった底知れない怒りを。悲しみを。ぶつける明確な対象があったからそうしただけ。真情の発露だ。
復讐のために生きてきたし、復讐のために死んでもいいと思っていた。けれど、それでもリディアが生き長らえているのは。その理由は──……
マドリが怒ってくれたから。
ユークが待っていてくれたから。
姉が『逃げて』と言ってくれたから。
リディアを生かしてくれたそれらの理由は、今、リディアが戦う理由ときっと同じだ。
「天位階級魔術式展開。戒めの星、破滅の星、無限をたゆたう永久不変の輝きよ──」
「詠唱? さっきので頭がいっちゃった?」
スコティニアは手を振りかざし、リディアの喉に突き刺そうと鋭く尖らせた影を伸ばす。喉を潰して詠唱を遮るつもりだ。しかし、
「させません!」
弾丸が影の手を打ち抜く。
「まぁ、まだいたの?」
スコティニアはクラリスへ煩わしそうな視線を送ったものの、あくまで天位階級の魔術詠唱に入ったリディアの妨害に集中していた。スコティニアの影から無数の手が伸びる。それらがリディアに届くより前に、クラリスは確実に撃ち防いでいく。
失った右目は魔力を結晶化させて覆っているが、あくまで応急処置に過ぎない。痛みで顔が歪み、額には大量の汗が滲んでいる。
それでも彼女は標的を外さない。リディアが信じた通りに。
スコティニアは小さく舌打ちすると、虫を払うかのような仕草をする。
「!」
突風がクラリスを襲う。激しく何かにぶつかる音と、建物が崩れていく音がする。無事を確認できない。今、目をそらすわけにはいかない。
彼女もリディアを信じて、この舞台を整えてくれたのだから。
「我が声に応じて示せ、天空の意思──
星が煌めく。ごうっと音を立て、黒い雲を割いて、それは墜ちてくる。
「──……我が子たち」
スコティニアはそこでようやく気付く。
巨大な隕石を受け止めようとして、そのための力が足りていないことに。
いつもなら片手で事足りる。天位階級の魔法でさえ、真祖にとっては些末だった。そのはずなのに。
「ノクス、スキアー、何をしているの。母に力を送りなさい。……シャドー!」
強大な力は〝油断〟で済ませるにはあまりに致命的な見落としを生む。
絶えず供給されるはずの力が届かない。町にもこの校舎にも眷属たちを放ち、人々の生き血を吸って、スコティニアに集まるはずだったのに。
そして自身も思った以上に力を削られている。
テネブレの血を持つ
自由を奪われることだけは避けて立ち回り、そう、まるで時間を稼いでいるような──
「────!」
美しく燃え上がる魔力の結晶体が大地を揺るがす。極小の天球が真祖を襲い、強い光が全てを包み込んだ。
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