5
────……
「
光の槍が、異形の胸を貫く。灰になるより先にその槍を抜き、背後から襲いかかってきた異形に向かって投擲。続いて小規模の爆破魔法を集団に向かって放つ。
ランプに群がる虫のように、下級から中級の吸血鬼たちはリーヴェン校の校舎へ集まってきていた。ユークは魔力の消費を抑えつつも最速で、それらの対処を続ける。
今夜のパーティ会場として使われる予定だった大広間を中心に倒れる生徒や教師たち。大きな揺れがあったあの時、リディアの声がなければユークも気を失っていたことだろう。妖術の一種だという死都化の恐ろしさを、今更ながら実感した。
(早くリディアのところへ……!)
疲れからくるものではない冷や汗が、額を流れる。
早く吸血鬼たちを全て倒し、真祖という怪物相手に戦うリディアのもとへ行きたかった。
チカチカと点滅するように、何度も同じ光景がフラッシュバックする。幼い頃にふたりを襲った悲劇。リディアの姉、マリナに食らいつく女吸血鬼の姿──……
「……っくそ!」
大広間にいた最後の敵を倒し、ユークは階段を駆け上がる。高い位置から探知をかけて残党を見つけ出すのと同時に、グラウンドで戦うリディアの様子を一度確認しようと思った。
暗い廊下を駆け、外に目を向けようとした瞬間、ガシャ──ンと激しい音を立てて窓が割れ、何かが飛び込んできた。衝撃のあまり壁が半壊する中、ずるずると床に滑り落ちたそれは、
「──リディア!!」
瓦礫に埋もれた彼女の身体を抱え上げる。すかさず外から何かが襲いかかってくることに気付き、力一杯床を蹴って横に跳躍する。
建物全体を揺るがすかのような衝撃。伸びた影のような手が、壁を突き抜けている。ユークは体勢を崩しながらも必死で魔術式を展開した。
「冠位階級魔術式展開!
世界が揺らぐ。敵の目を欺き、探知を遮る冠位階級の魔法、
さして長くは保たないだろうが、リディアの様子を確かめることは出来る。
「リディア、しっかりしろ!」
リディアの身体からは、焼けるような音と共に煙が立ち上っていた。彼女の腕は肘から先が無く、腹部にも致命傷にもなりえる大きな傷がある。しかし骨や肉は徐々に再生されていた。半吸血鬼のリディアにも発動するという、自己再生能力だ。
(この能力がなかったら……)
ゾッとするような思考を振り払い、
「……ごめ、ん。大丈夫……」
そう呟いて、リディアは苦しげに息を吐いた。例え傷が治るとしても、こんな大怪我が平気なわけない。
(もう逃げよう)
心の中でもう一人の自分が言った。二人でなら、逃げることに専念すれば何とか生き延びることは出来るかもしれない。しかし、
「仲間が……片目をやられたの。応急処置をして動けるようにはなったけど、もう、まともには戦えないわ」
リディアの声が震えている。自身の痛みではなく、仲間が失ったものに涙を流す。それでも、その瞳から力は失われていなかった。
「私が戦わないと」
「…………」
そんな彼女に逃げようとは言えなかった。ここで逃げるということは、リーヴェンの人々を見捨てるということだ。子どもの頃、あの惨劇で何も出来なかった自分たちに、リディアとユークは等しく苦しんだのだから。
「……
魔力の揺らぎを感じ、ユークは言った。
「えぇ。腕も戻ったし、十分な時間稼ぎになったわ。ありがとう」
リディアが立ち上がる。
「ユークは引き続き、集まってきている吸血鬼たちの処理をお願い。もしかしたらそれで、真祖の力を──……」
リディアの言葉は最後まで聞くことが出来なかった。
二人が気配を感じて後方に飛び退くと同時、再び影の手が壁を突き破って襲いかかる。ユークとリディアの間の床が、ガラガラと崩れ落ちていった。
リディアはユークの無事を一瞬確認したあと、すぐにその場から跳躍した。
激しい空中戦。武器と魔術を駆使して、リディアは怪物に立ち向かう。思わず加勢しようとして、ぐっとこらえた。歯を食いしばりながら踵を返す。
『もしかしたらそれで、真祖の力を──……』
リディアが言いかけた言葉について考える。学校に集まる吸血鬼たち。その中心にいる真祖。〝一族〟という呼称で括られる血の繋がり。
(そういう、ことなのか?)
分からない。どちらにせよ、やるべきことは変わらない。
魔力探知をかけると、裏庭に新たな吸血鬼が現れていた。中級──いや、上級にあたる吸血鬼だ。ユークはすぐさま裏庭に転移すると、その吸血鬼と対峙する。
暗闇から姿を現したのは三メートルを超す巨体だった。どう猛な獣を思わせる、曲がった背骨と鋭い牙。全身に生えた針金のような体毛。
「……ここは通さない」
強大な敵と戦う
「人間風情がァっ!」
鉤爪の切っ先が迫る。ユークは敵の初撃を避けて地を蹴り、相手の懐に肉薄した。
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