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「リディア」


 ユークが真祖を閉じ込めるようにして展開した天位魔術式・主神の盾アイギスも、長くは保たないだろう。気持ちは急いていたが、呼びかけに答えて振り返った。彼の腕の中ではビビアナが眠りについている。


「……絶対に死ぬなよ。マドリが来るまで……」

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 吸血鬼の頂点、真祖を相手に無茶な注文だ。


 それでも、縋るようなその言葉にリディアは頷いた。


「ユークも気をつけて。死都化が進んでいる環境下では、下級の吸血鬼でも馬鹿に出来ないくらい能力が上がっているわ」


「わかった。終わったらすぐに合流する」


 ユークの返答を聞き終えると同時、リディアは学校の屋上から飛び降りる。


 芝生の上に着地すると、隣にもうひとりが並び立った。クラリス・ルロワだ。ウェーブがかった髪を高い位置で束ね、ラベンダーのドレスではなくリディアと同じ対吸血鬼特殊部隊シルバーバレットの隊服を身に纏っている。その手にはいつも通り、彼女の十字武具ロザリエ対魔小銃フェイルノートもあった


「来てくれたのね、クラリス」


「真祖が現れたのですから、対吸血鬼特殊部隊シルバーバレットとして当然ですわ。隊員番号一ワンは各地に現れた吸血鬼たちの対処と、住民の保護を進めています」


 クラリスが話す間にも、主神の盾アイギスに亀裂が入る。天位階級の防御魔法が、まるでガラスのように割れている。真祖の魔力が強風のように吹き荒れ始めていた。


「それからこれを」


 そう言って差し出されたのは、リディアの十字武具ロザリエ短剣カルンウェナンだった。受け取って、ネックレスの状態から短剣の形に具現化する。


「ありがとう。……何度か合同訓練したけど、私たちの相性は悪くなかったはずよね」


「基本的には近接と遠隔型ですもの。上手くはまれば、二人分以上の力になるでしょう」


「今の私には自己再生能力もある。自分のことながら人道に反するけれど、いざとなれば盾として身体を使うわ」


 こんなことをユークに言ったら、激怒してくれるだろうと思う。しかし使えるものは何でも使わなければ、真祖に勝つことなど不可能だ。同じくそう考えているのであろうクラリスは、僅かに顔を歪めながらも頷いた。


 ついに主神の盾アイギスが破られる。真祖相手に、この時間稼ぎは快挙だ。


「母を困らせるなんて、悪い子」


 主神の盾アイギスを打ち破り、くすくすと笑いながら魔方陣の奥から姿を現した、その存在。


 姿は十にも満たない少女そのもの。黒いドレスに黒い髪。青白い肌に影を纏った人形ドールのような吸血鬼。その双眸だけは血のように赤い。


 ──影の真祖スコティニア。


「冠位階級魔術式展開」


 クラリスが対魔小銃フェイルノートを掲げる。彼女の周囲に、数多の銃が召喚される。


 全ての銃口はただ一点、スコティニアの心臓を狙う。


対魔小銃フェイルノート連射プルヴォワール


 それが死闘の開始を告げる合図だった。

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