第五章 影の真祖

1


 割れたステンドグラスの隙間から差し込む光が赤に染まり、その光も段々と弱まっていく。


 リディアはふと目を覚ました。ユークの肩に預けていた顔を少し上げる。ユークも浅い眠りについているようで、微かな寝息が聞こえた。どちらからともなく重ねて、そのままになっていた手が温かい。


 マドリからの手紙を読み、真祖についてユークと話したあと、まだ回復しきっていない身体はリディアに強烈な眠気をもたらした。食欲はなく、いつ、また吸血衝動に駆られるか分からない不安はある。それでも、こうしてユークに触れていると安堵感が胸の中心から溢れて、いつの間にか本当に眠ってしまっていたらしい。


(もう少し……)


 再びユークに身を寄せて、瞼を下ろそうとした時だった。


 ──ドン、と地面から突き上げるような衝撃。


 大地が揺れている。壁や天井から破片や塵埃が落ちてくるのを、信じられない気持ちで見つめていた。


「まさか……」


「──……っ、頭が……」


 ユークがうめき声をあげる。項垂れてこめかみを押さえ、苦しげに肩を上下させている。


「! ユーク、しっかりして……!」


 リディアは咄嗟に、ユークの頭を胸に抱えるように抱きしめた。


「ゆっくり呼吸して! 身体の中の、魔力の流れをコントロールすることに集中するの!」


「っ、ぐ……」


 一秒、二秒。時間が経つにつれ、ユークの呼吸は落ち着いてきた。ひとまずホッとして、リディアは再び辺りを見回す。


 いつしか揺れは収まっていたが、ここから数キロ離れた先に、さっきまでは全く感じなかった強大な魔力の塊がある。


 頬を伝う汗を拭いながら、ユークは辺りを見回す。


「今のは、なんだったんだ」


「死都化の影響よ。その地域一帯に自身の魔力を霧のように撒布して、人間の意識を失わせる。効率的な吸血を実現するための、吸血鬼の妖術」


 天井を見上げると、空に雲がかかっていた。日は既に落ちていて、暗い夜が来る。


「行かないと。この町に、奴がいるわ」


「でも、リディア……!」


「えぇ、思ったより早かったわね。でも、先生が来るまで待っているわけにはいかない。……相手は真祖よ。隠れていてもすぐに見つかるわ。それに犠牲者が出る前に何とかしないと」


「……っ、なら俺も行く」


 立ち上がるリディアの手を掴み、ユークは言った。


「言っただろ。待つのも、心配するのもうんざりだって。俺はリディアみたいな吸血鬼退治のプロじゃない。けど散々、魔術の訓練はしてきた。こういう時に、何も出来ないのが嫌だったからだ」


「…………」


 リディアは唇を噛み、逡巡した。けれどそれもほんの一瞬のこと。


「前線には出ないで。真祖の前では、私の言うことを必ず聞いて」


「……分かった」


 ユークが頷くと同時、ふたりは転移魔法を使って町へ出た。




 空気が底冷えするように冷たい。海風によってもたらされる冷気ではなく、吸血鬼の魔力が広がっている証拠だ。まだ日が落ちて間もない時間帯だというのに人々の気配はない。ほとんどの人間が気を失っているのだろう。


(死都化レベルは、4……あるいは……)


 ユークがリディアを運んでくれたときと同じように身体強化をかけ、建物の屋根から屋根へ飛び移りながら魔力の源へ急ぐ。


「これが……死都化なのか。話には聞いてたし、師匠が訓練のためにって擬似的にその空間を作り出してた、けど……くそっ、ずっと目眩がするみたいだ」


「死都なんて、普通に経験していて経験するようなものじゃないからね。上手く魔力コントロールが出来ていれば、意識は保っていられるわ。対吸血鬼特殊部隊シルバーバレットはこの環境下で戦うことを前提として訓練してるけど──……」


 話の途中で、ふと嫌な予感がよぎった。


 先ほどまで、大体の距離と方角程度しか感知できていなかった魔力の位置が、近づくにつれて明確になっていく。


(こっちの方角って、まさか……!)


「──学校だ!」


 ユークが叫ぶ。リディアは全身の血が引いていくのを感じながら、速度を更に速めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る