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 ユークは身体強化をかけ、時に転移魔術を使いながら朝霧を裂くように疾走する。


 どこへ向かっているのかは分からない。ただ今は、ユークにこれ以上の負担を掛けないよう、じっと動かずに身を預けた。痛みに支配されそうになっていた身体はほんの少し楽になっていて、思い出したように呼吸する。肺に冷えた酸素が送り込まれ、微かに肋骨が軋んだものの耐えられる程度だった。




 日の出の時間になっても、太陽は雲に隠れて姿を現さず町は暗いままだった。そんな中、ユークがようやく地上に降り立ち、古びた建物の中へと足を踏み入れる。


 そこがかつて暮らした施設だと気付いたのは、ユークがリディアを長椅子の上におろした時だった。事件のあと閉鎖されたと聞いていたが、建物自体は残っていたようだ。


「はあっ、はぁっ、はぁ……っ、ぁ、ぐ……っ」


 ユークは跪き、苦しげに心臓のあたりを抑えて、荒い呼吸を繰り返している。天位階級の魔法を発動した直後から常時身体強化をかけ、転移を繰り返し、人をひとり運んだのだ。魔力は枯渇し、彼の身体には甚大な負荷が掛かっているはずだった。


「ユーク……ごめ……」


「っ喋るな……怪我、怪我は……!」


「……もうすぐ、治る、と思う……」


 言いながら、恐る恐る患部に触れる。さっきは存在しなかった部分に肉がある。皮膚もある程度回復しているようで、あとは中……内臓が完治すれば、問題なく動くことが出来るだろう。


「……医療魔術か?」


 眉を顰めるユークは、港での会話が聞こえていなかったようだった。だから、リディアが自分の口で説明しなくてはならない。


「テネブレを、殺したの。その時に吸血された。途中で逃れて……半吸血鬼に」


 姉の仇。育ての親の仇。友人たちの仇。


 ──リディアとユーク、ふたりにとっての仇。


 復讐は何も生まないと、子供の頃に物語から教わった。実際にそれを果たした時、物語は嘘だったと思った。だってリディアはテネブレを殺した時、ほんの少しだけ、辛い過去から開放された気がしたのだ。


 でも、その先。


 復讐を終えた先の人生。未来の世界。


 自分が半吸血鬼の身体で生き続けるなんて。かつての仲間に殺意を向けられるなんて。


 ──ずっと故郷で帰りを待ち続けていた、同じ仇を持つはずの大事な幼馴染にこんな顔をさせるなんて。


 かつてのリディアは、思い描けなかった。


「……なんで、言ってくれなかったんだ」


「身体の、こと? それとも……」


「全部。最初から……」


 七年前、リーヴェンを出たあの日。全てを打ち明けていれば何かが変わったのだろうか。


 涙で歪んでいく天井を見つめながら、リディアは唇を噛み締めた。

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