第四章 本当の花言葉



「本当に、手紙の内容はあれで宜しかったのですか?」


「いいんだってば。それ何回目よ、クラリス」


 クラリスに捕まってから一夜明けた早朝。海沿いの静かな道を港に向かって歩く。


「女性のほうにお送りするものはあれで宜しいかと。問題は殿方のほうですわ」


 昨夜。クラリスに案内された高級ホテルで、リディアは手紙の代筆を彼女に頼んだ。ユークとビビアナに宛てたものだ。


 ビビアナには、主に創設記念パーティに出られないことへの謝罪。ユークには──あんな別れになってしまったが、色々と助けになってくれたことへの感謝をしたためてもらった。


 しかしクラリスは内容に納得いっていないらしく、ずっとこの調子で抗議されている。


「さっぱりしすぎでは、と思いますわ。あんなの短時間しか煮ていない鶏の赤ワイン煮コック・オ・ヴァンです。何故、愛してるの一言が言えないのですか」


「言えるわけないでしょ! ……ってなんで知ってるの!?」


 ユークは幼なじみであることと、リーヴェンに戻ってきてから隣人として色々世話になった──ということくらいしか情報を与えていないはずだ。だというのに、いきなり核心を突いてきたクラリスは、つーんと顔を背けて言った。


「まぁ、あれで隠しているつもりでしたの? 呆れた、あんなに分かりやすい惚気話を語っておいて」


「惚気てなんてないわ! ただふつうにユークのことを話してただけで……!」


 慌てて否定するが、クラリスはどこ吹く風で話題を変える。


「そうですわ、わたくしが差し上げたあの寝間着ネグリジェはお使いになりました?」


「えぇ、有り難く着ているわ。寝るときにね!」


「せっかくのお隣同士ですのに夜這いもなし、と。はぁ」


「告白もしてないのに夜這いなんてするわけないでしょ!?」


「? 順番のお話ですか? 逆でも問題ないのでは?」


「お淑やかな顔で変なこと言わないでよ……! ていうか、どっちにしてももう手紙は転送魔法で送っちゃったんだから。そろそろ本人たちの手元に届いている頃でしょう」


「なら、いつかまたここへ帰ってきて、ご自身で直接お伝えくださいな」


 クラリスは前を向いたまま、唇を尖らせていた。どうも拗ねてしまったらしい。


「ユークを困らせるようなことは言わない。でも、そうね。元の身体に戻って、帰ってこられたら……もう一度だけ、一緒にマレーヌを食べたいわ」


「マレーヌ?」


「この町の名物よ。甘いけど、美味しいの」


「……そうですか。それは、魅力的ですわね」


 港が見えてくる。そこには一隻の船が停泊していた。まだ薄暗かった空はいつしか白み始めている。曇り空なのは相変わらずで、あの日、ユークと見た日の出のように美しい夜明けではなかったけれど。


 別れの朝には、こちらのほうが相応しいように思えた。

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