8
「うわー、本格的に降ってきたな。近くに洞窟があって良かった」
突如としてあたり一帯を覆った分厚い雲は、激しい雨を運んできた。二人は大降りになる前に洞窟を見つけて避難し、軽く濡れた程度で済んだのは幸いだった。
「リーヴェンのほうにも降ってるみたいね。一過性のものだとは思うけど……」
「だなぁ。しばらく雨宿りするか」
奥行き五メートルほどの洞窟は静かで、雨が地面を叩く音に満ちた外とは別世界のようだった。冷たい空気に身を縮こませるようにして、その場にしゃがみ込む。
「ユーク、寒くない?」
「ん? ちょっと寒いけど……って、それはお互い様だろ」
「前に風邪を引いてたでしょ? だから心配になっただけ。私は……えーっと、健康体だから」
「俺、そこまでひ弱じゃないって」
「そう? なら良かった」
顔を背けたユークの強がりに、リディアは思わず笑う。
──と、ふと目に付いたものがあった。リディアが座っているのとは反対側の岩肌に、焦げ跡のような何かがある。
どくんと、心臓が嫌な跳ね方をした。
「……………………それ」
思わず漏れた呟きで、ユークもリディアの視線を追う。
細く欠けた月を裂くように描かれた雲。まるで今、上空を覆っているそれと同じような。
「死印だわ。影の一族の」
──吸血鬼は人間の血を吸うことでその寿命を延ばし、逆に血と魔力を人間に送り込むことで己の眷属を増やす。その眷属は
しかし吸血鬼の中には、この世に生を受けた時から吸血鬼だった者たちが存在する。
真祖。
現時点で確認されている真祖は七体。そのうちの一体が影の真祖と呼ばれる個体である。
真祖は自らの力の一部を分離させることで、元となる身体がなくても吸血鬼を生み出すことができる。それが
鍾乳石から垂れた雨水がポタリと音を立てる。横殴りの雨が洞窟の中まで吹き込んでいた。
ユークもリディアと同様の反応を示していた。幼い頃、二人が乗った馬車が襲われ、子どもを含む多くの死者を出したあの凄惨な事件。CVOが公表した調査報告書に描かれていた、吸血鬼の種姓を示す印。
「あいつなのか」
ユークの声が狭い洞窟の中で反響する。〝あいつ〟がどの吸血鬼を指しているのかは明確だ。だけど違う。テネブレは確かにリディアが殺した。
「どの個体かは判断できないわ。ただ、死印があるということは……真祖直系以上の強力な吸血鬼が近くにいて、この辺り一帯を死都化しようと──」
【そうよ、我が娘】
──それは唐突に、脳の電気信号をバチンと切り替えられたような感覚。
【早く母の元へ帰っておいで】
【まだ少し不純物が残っているけれど、大丈夫、何も怖くないわ】
【あとは、母に身をゆだねるだけで良いの】
暗い、暗い闇の底から響くような声に、全てを支配される。
駄目だ、と思うより先に、
「寒いわ」
誰かが言った。
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