7



 そういうわけで、リディアは相変わらず夜の見回りを続けていた。だが一人で、ではない。


「──穿て、水破ヴェロス!」


 空中に現れた矢が一直線に飛来する。一瞬にして的確。矢は異形の心臓を貫いた。


「ガアアアアッ!」


 異形──下級吸血鬼は断末魔をあげ、灰となり消えた。その様子を最後まで注視していたユークは、ふうと息を吐いて振り返る。


「どうだ? 最低限はやれてるだろ?」


「……………………」


 木の幹にもたれかかり、一連の流れを見ていたリディアはしかめっ面を崩さなかった。


(最低限? まさか。ちょっと出来すぎなくらいよ)


 ユークが吸血退治への同行を申し出てきた時、リディアはすぐに断った。一般人を巻き込むわけにはいかないし、ユークに何かあったらと思うと恐ろしかった。


 しかしユークは引き下がらなかった。何日か同行し、足手まといになるなら諦めると食い下がられ、それならと許可して今に至る。


 ユークの魔術の扱い、戦闘における立ち回り、判断力は到底一般人には思えない。なんだかんだと理由を付けて足手まといの烙印を押そうとしていたリディアは、彼を甘く見ていたと認めざるを得なくなっていた。


「アマテラスの魔術師のもとで、どんな訓練をしていたの?」


 緩やかな山道を登りながら、数歩先を行く背中に尋ねる。二人の手には魔法で生み出した丸い灯りが浮かび、辺りを照らしていた。


「あぁ……師匠はなんていうか、ちょっと頭のネジ外れててさ。無限に湧く幻影体を相手に三日三晩戦い続けて生き残れとか、そういうの。仮想空間からボロボロになって出てきた俺を見て、師匠、大笑いしてたな……」


「……大丈夫なの? その人」


「大丈夫じゃあないな。けど、ムリ言って弟子にしてもらったし、簡単に音を上げるわけにはいかなかった。おかげさまで多少は戦えるようになったかな。まぁ魔術壁マギアウォールを一撃でぶっ壊すのは無理だけど」


 からかい混じりの言葉に、リディアはむうとむくれる。


「ユークも本気を出せば出来たでしょ。もう脆くなってたし」


「さぁ、試したことないな」


 つまり学校では本気を出していない、ということらしい。


 まだ坂道は続いている。今のところ周囲に吸血鬼の気配はない。ただいつもより肌寒く、風が吹くたびに腕をさすった。


 ザッ、ザッと二人分の足音だけが続いてしばらく経った頃、ユークがおもむろに口を開いた。


「……なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」


「うん?」


 視線をユークに戻す。歩みのペースが少し落ちて、リディアもそれに合わせた。なんとなく今、隣に立ちづらい雰囲気があった。


「あのさ……」


 しかしユークはなかなか次の言葉を発しない。彼にしては珍しい歯切れの悪さに首を傾げる。


「どうかした?」


「──……今日の昼間。友達呼んでたろ。家に」


 長い沈黙のあと、発せられた思わぬ言葉に目を丸くする。


「えっ、どうして知って……」


「壁、薄いって言わなかったか」


「……………………」


 ゆっくりと言葉を咀嚼すること、数秒。ようやく意味を理解したリディアは、


(私、な、なに言ってた? ビビも何言ってた!?)


 ──谷間完成!


 ──アリア、結構おっぱいあるし、形もすっごい綺麗なのに……


 ──おっぱいがかわいそう


 ──おっぱいを、ととのえる……


(~~~~~~~~っ!?)


 昼間の会話を思い出し、声にならない悲鳴をあげていた。


(おっぱいの話しかしてないじゃない! ……いやそんなことないわよね? で、でも一番うるさくしてたのその辺りな気が……っ)


「言っとくけど! 盗み聞きするつもりは一切無かったんだからな! 不可抗力だ!」


「ままま、待って!」


 今度はスピードをあげて、ずんずん歩いて行くユークを追う。


 リディアの顔は間違いなく真っ赤で、羞恥で目が潤んでいるはずだ。けれどその情けない表情を隠す余裕もなく、ユークにしがみつくようにして懇願した。


「忘れて! お願いだから……っ」


 振り返ってリディアと目を合わせたユークは、一瞬、ほんの少しぐらりと身体を傾けたように思えた。しかしすぐに持ち直し、ぐっと眉間に力を込める。


「ど……努力は、する」


 そして自分も赤く染まった顔を前方に向け、再び歩を進めようとして──


「あっ」


 雨が降ってきたことに気付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る