3
茂みに頭から突っ込んでいくその様を、リディアは呆気にとられて見ていた。だが、目の前に現れた人物を見て、一層驚いて呼吸を止めた。
「……ユーク?」
「
ユークが人差し指と中指で空間を斬ると、ファビアンは引っ張り上げられるようにして浮遊した。その首には、金色に光る輪が嵌められている。
「うぅっ、ぐっ……」
ユークはファビアンを睨み付けていた。その手は、肩は、小刻みに震えている。子どもの頃の記憶を辿っても、彼がここまで激怒している姿は初めてだった。
「か、はっ」
「……ユーク、ファビアンが窒息してしまうわ」
「だからどうした」
その声は低く唸る獣のようだった。
「こんな、下衆野郎……何をされても……」
「駄目。あなたが手を汚す必要は無い。……お願いだから」
「…………」
ユークは歯がみしたあと、ゆっくりと手を下ろした。同時にファビアンは地面に落下し、うめき声をあげる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を一瞥し、ユークは吐き捨てた。
「失せろ、バイヤール」
ファビアンは「ひっ……」とか細い悲鳴をあげて、何とか立ち上がったあと、大慌てで町の方へ逃げ帰っていった。
リディアはホッと胸を撫で下ろす。ファビアンが消えたからではない。ユークがあんな男のために罪を犯すことにならなくて良かったと、そう思ったのだ。
「……、アリア、立てるか?」
「うん。ありがとう」
差し伸べられたユークの手をとり、立ち上がる。
「──大丈夫……じゃ、ないよな。その、怪我とかは……」
「平気、何もされてないわ」
実のところ、ファビアンに脚を掴まれて転んだときに足首を捻った感覚があった。しかし今は既に治癒している。吸血鬼の自己再生能力が発動したのだ。
ただ、ファビアンに腿を掴まれたときの痕は生々しく残ったままだった。怪我ではないのだから当然だ。くっきりとした泥の手形は、ファビアンから感じたおぞましい感情の渦を思い出させ、ぞくりと背筋が寒くなる。
「何もって……そんなことないだろ」
ユークもその手形には気付いているようで、顔を歪め、絞り出すように呟いた。
これまで、命の危険には何度もさらされてきた。けれど、ああいった悪意を向けられたことは初めてで、恐怖がなかったかといえば嘘になる。
(それでも、テネブレに吸血されたときに比べれば……)
最も悲惨な過去を思い出し、緩く首を振った。
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