第三章 吸血鬼
1
リーヴェンでコウモリを見かけるようになったという話が流れてから、ひと月が経った。ファビアン・バイヤールはいい加減、何の進展もない見回りに飽き、そして焦っていた。
(クソッ、吸血鬼どころかコウモリも見かけない……これでは僕の名声を取り戻すことができないじゃないか!)
理事長の孫。町で尊敬を集める対吸血鬼グループ〝ハンター〟の次期盟主。
恵まれた容姿も相まって、ファビアンは幼い頃からそこに立つだけで人々の関心を集めることができた。それがたったの一日で覆った。『突然やってきた転校生に鼻柱を折られた男』に、評価を塗り替えられたのだ。
(あの女──……!)
何度、想像の中で犯しても物足りない。
いくら欲に穢れたベッドの上で一糸まとわぬ姿を組み敷き、あの澄ました顔を快楽と屈辱で歪ませ、嗜虐心で己を満たそうとしても、
(いいさ……吸血鬼を探し出して退治すれば、僕は英雄だ!)
ハンターは──祖父は数年前、リーヴェンを囲むコルヌ山脈の麓で、突如現れた吸血鬼を倒したことがきっかけで、今の地位を獲得したという。
たったそれだけ。なんと容易いことだろう。
「……山の麓か」
祖父の言葉を思い出し、立ち止まってコルヌ山脈を見上げる。
いつもの巡回ルートから足を伸ばす頃合いかもしれない。ファビアンは灯りの少ない小道へと歩を進めた。
町境を越え、山道に出た。
整備の行き届いていない道は非常に歩きづらく、月明かりが届いているとはいえ足下も見えづらい。更には昨日降った雨が原因で地面がぬかるんでおり、何度も足を滑らせそうになった。
「ちっ、灯りがいるか」
ファビアンは舌打ちをして、持っていたランプを掲げた。詠唱をして火を付けると、光が周囲を照らし──
眼前に、赤い顔を浮かび上がらせた。
「──っ、うぁああああああっ?!」
火をつけたばかりのランプを取り落とし、尻餅をつく。全身から汗が噴き出して、心臓が口から飛び出そうなほどに激しく鼓動していた。
焼けただれてべろりとめくれた皮膚に、飛び出た眼球、潰れた鼻。かろうじて形を残している頤から粘着質な液体が垂れており、異様な臭気を放っている。
人間の形状ではあっても、およそ人間とは思えぬ醜悪な姿。それはブチブチと音を立てながら口を開き、うめき声をあげた。
「ヴ、ア、グァ……」
「ひ、ひいいいいっ!」
ファビアンは咄嗟に立ち上がれず、四つん這いのまま逃げようとした。しかし泥によって手や膝が滑って思うように動けない。振り返らなくても、異形が近づいてくるのが分かった。ねとりとした生暖かい指が、ファビアンの首を掴もうとしたそのとき。
銀の一閃が空間を裂いた。
「──!?」
何が起こったのか分からず、しばしその銀の軌跡を眺める。そしてゆっくりと振り返ると、そこには額に短剣が突き刺さった異形の姿があった。
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