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 漁師の男はまだ懐疑的な目を向けていたものの、二人ともが全身水浸しであることに気付くと、親切にもタオルを貸してくれた。


 町が完全に目覚めてしまう前に、足早に帰路につく。しかしリディアは、別れる前に確認しておきたいことがあった。


「……さっきの、水流操作アクアコントロール?」


「あぁ、そうそう。よく分かったな」


 半歩前を歩くユークが、タオルで頭をふきながら答えた。


 水流操作アクアコントロール。水属性魔法の基礎だ。しかし、桶の水を移し替えたりといった少量の操作が一般的な用途であり、万能の術ではない。


「海で使うひとは初めて見たわ。しかも速くて正確だった」


「女王からお褒めの言葉とは、光栄だな」


「女……なにそれ?」


魔術壁マギアウォールを爆破した、どこぞの転校生のあだ名だよ。正式には氷銀ひがねの女王? だったっけな。誰がつけたのか知らないけど」


 リディアはすぐさまその情報を記憶から消した。


「それより、どんな魔術訓練したの? まさか学校で習得したわけじゃないわよね?」


 じっ、と顔をのぞき込んで見つめれば、ユークはどこか気まずそうに視線をそら

す。けれど隠したりするつもりはないようで、ぽつぽつと話してくれた。


「教団の魔術師に教わったんだ」


「! アマテラスの?」


 魔術師教団アマテラス。吸血鬼への対策組織としては対吸血鬼組織Counter-Vampire Organization、CVOの次点とされる魔術師集団。だが、組織の創設に至った経緯はCVOとは若干異なる。


 簡単に分類するとすれば、CVOは吸血鬼という種の根絶ただ一つを目的とし、アマテラスは魔術の研鑽を至上命題としている。その大義名分として吸血鬼打破を掲げているだけに過ぎない。


「っていっても、教団は引退していたらしいけどな。リーヴェンにバカンスに来てたところに、しつこく頼みに行った。魔術を教えてくれって」


「どうして?」


 答えが返ってくるまでに少し間があった。その横顔には暗い影が落ちている。


「……もう何もできないのが嫌だったから、かな。昔、そう思うようなことがあったから」


『何もできない! 俺たちは何も……っ!』


 幼いユークの、血を吐くような叫びを思い出し、リディアはタオルを握る手に力を込める。


 リディアも同じだ。吸血鬼に殺される姉を前にして、何もできなかった自分を悔いた。その想いは、CVOに入隊し、実力を認められて対吸血鬼特殊部隊シルバーバレットに配属となり、復讐を果たした今になっても呪いのように残り続けている。

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