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 リーヴェン校には、守護魔法が施された魔術壁マギアウォールと呼ばれる光の壁が存在する。これは実技授業での事故を防ぐために、教師陣や魔術のエキスパートを名乗るハンターたちが十年の月日をかけて作り上げたものだ。一部ではこれを観光スポットとするツアーもあるという。


 設立以来、傷やヒビひとつ入らなかった、リーヴェン校自慢の魔術壁マギアウォール


 それが、粉々に砕け散った。


「…………ふぁ」


 衝撃波によって尻餅をつき、そのまま後ろへ一回転をキメたファビアンが、泥で汚れた顔を上げた。魔術壁マギアウォールの破片がキラキラと舞う中、転校生の女がひとり立っている。


 何もかもおかしかった。進行方向に人差し指を軽く向けただけ、詠唱はなかった。無詠唱魔術など、魔術師教団アマテラスの中でも可能とする人材は少ない。


「ごめんなさい。的のどこに当たったのか、分からなくなっちゃったわ」


 魔術壁マギアウォールの手前にあった的を跡形も無く吹っ飛ばした転校生は、乱れた髪を耳にかけながら事も無げに言った。


『この的は特別製なのさ。これに焦げ目を付けられるのは僕くらいだ』


 そう宣言して、長い詠唱ののち両手から放たれた火の魔法イグニスで的を微かに焼いて、クラスメイトからの喝采と、メラニーからのキスに応じていたファビアンの顔面は蒼白だった。


 一連の流れを目撃したのは、屋外にいたリディアのクラスメイトだけではない。魔術壁マギアウォールの爆破というど派手な騒ぎに、教室で勉強していた他のクラスの生徒、教師たちも窓から身を乗り出してこちらを見ていた。


 その中に、リディアはすぐ驚く彼の姿を捉えた。ユーク・シュナイト。ユークもこのリーヴェン校に通っている可能性は当然頭にあった。けれどマレーヌの一件から徹底的に彼を避けていたせいで、確認する機会がなかったのだ。


(ほんとに、なんで先生はあの家とこの学校を選んだのかしら)


 溜息とともに視線をそらし、口をあんぐりと開けたまま硬直している教師に声をかける。


「先生、魔術壁マギアウォールの再構築をさせてもらっても良いですか?」


「な、な、何言ってるの! あれは先生たちが何年もかけて作り上げたものなの! それを、あぁ、なんてこと……」


 実のところ、リディアは魔術壁マギアウォールの構築が得意ではなかった。防御系の魔法よりも攻撃系の魔術訓練を優先していた結果だ。しかしそれでも、市民に被害を及ぼさないよう対吸血鬼特殊部隊シルバーバレットとして最低限のものは作ることはできた。


 ──かくして、生徒たちが帰宅する頃には先代の強度を超えた魔術壁マギアウォールが再び出現していた。

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