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「うちは校舎こそ小さいけれど、年々生徒の数は増えているのよ。これも、生徒それぞれの個性を尊重した我が校の教育方針と、リーヴェンの発展のおかげね」


 笑顔を絶やさない女教師と共に、風通しの良い校舎の中を歩く。町の中心に位置する教育施設、リーヴェン校。リディアがこれから通う学校だ。


「事前に保護者の方から連絡は受けているわ。今まで病気がちで、自宅で勉強を教わっていたんですって?」


「えぇ、まぁ」


 マドリが作った設定には、嘘と真実が混ざっていた。


 リディアは対吸血鬼特殊部隊シルバーバレットに入隊した際、組織が運営する教育機関にも所属し、そこで卒業までの単位を取得している。教育施設には通わず、任務から戻ったあと自宅で課題をこなすスタイルだった。


 病気がちというのは、何かと不安定なリディアの身体を案じてそう伝えていたのだろう。マレーヌの一件もあるし、言い訳しやすい環境はありがたい。


「筆記試験の結果はとても優秀で驚いたわ」


「そうですか」


 相づちを打ちながらも、リディアの意識はこの学校の構造に向いていた。


 小さな町の学校にしては広い敷地面積だ。主な建物は今歩いている学習棟と、主に集会やイベントごとに使うという東棟、そして食堂がメインとなる西棟、セミナーハウスの四つ。学習棟の前には芝生で覆われたグラウンドが広がっている。


 こうして、まず自身を取り巻く環境を詳細に把握しようとするのは一種の職業病のようなものだった。吸血鬼と戦うとき、地形の把握は必須と言っていい。


「──でも、実技はついてくるのが厳しいかもしれないわね。リーヴェンにはハンターという役職があって、リーヴェンに吸血鬼が近づかないよう守ってくれているの。そのハンターの盟主がこの学校の理事長でね。退魔術の実技授業には力を入れているのよ」


「ハンター?」


 そこでようやく、教師の話にリディアの意識が戻った。


「町で見かけなかった? 胸に十字架のブローチを付けた、赤茶色のマントを身に纏った人たちのことよ」


(……昼間から飲んだくれていた人たちのことかしら?)


 学用品を買い出しにいった際、顔を真っ赤にして大騒ぎしていた姿を思い出し、内心で眉をひそめる。


(吸血鬼どころか、眷属のコウモリも仕留められそうになかったけれど。それに港町のリーヴェンにはもともと吸血鬼が近づきにくいし、平和がハンターのお陰かどうかは怪しいわね)


「さて、教室はここよ。自己紹介よろしくね」


 おしゃべりな女教師はそう言って横開きの扉を開けた。中にいた生徒たちは二十人程度。リディアが教室に足を踏み入れると、みな一斉にこちらに視線を向けた。


「ほわ~」と小声で呟く女子生徒の前を横切り、リディアは中央で自己紹介を行った。といっても、名前と「よろしくお願いします」という言葉だけの簡素なものだ。


「シェードさん、このクラスではファビアンとメラニーが何かと中心になってみんなを引っ張ってくれてるの。分からないことがあれば、ふたりに聞いてね」


 指し示された方向を見ると、偉そうにふんぞり返っている男と、その男の膝に座り、抱きつきながらこちらを睨め付ける女がいた。


(……あれ、ここでは普通なの?)


 誰も彼らの絡み具合に反応を示していないところを見ると、いつもの光景なのだろう。


「なんとファビアンはハンターの息子なのよ。フフッ、頼りになるでしょ?」


 紹介を受けたファビアンは、その切れ長の目でパチンとウインクを送ってくる。リディアは心を無にして前を見つめ続けた。下から上まで品定めをされているような視線が、不快だった。


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