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翌日、301と302の扉がまたも同時に開いた。
「……あ、おはよう。えーと」
「アリア・シェードです。おはようございます、ユークさん」
礼儀正しく頭を下げると、ユークはむうと拗ねたように唇を引き結ぶ。寝癖なのか、ちょこんと跳ねた黒髪が可愛い……などと思いつつ、リディアは表情を変えることなく彼の前を通り過ぎる。
「どこ行くんだ?」
「……
「お。ちょうど良かった。俺も
「えっ? い、いえ。結構です」
昨夜、冷静になって考えて、ユークとは最低限の関わりにすべきだと結論づけたばかりだった。リディアは半吸血鬼であり、組織に追われる身。そんな危うい状況に彼を巻き込みたくはなかった。なのにユークは、
「このあたり、道が迷路みたいになってるからさ。それとも案内がいらないぐらい、この町に詳しかった?」
と、探りを入れるように問いかけてくる。そう言われては逃げ場がない。
「は、初めての町ですから、詳しくありません。……では、お願いします」
渋々受け入れると、ユークは「よし」と上機嫌に頷く。
色んな意味で心臓のあたりがギュッとなるのを感じて、リディアは視線を逸らした。
どこからか流れてくる軽快な音楽。店主たちが客を呼び込む声。日の光を反射してキラキラ輝く噴水の周りでは、足を休めるために集まってきた人々が楽しげに談笑している。晴天を飛ぶカモメの鳴き声が、幼い頃の記憶と重なった。
「ここが、この町で一番美味いパン屋。ソフトプレッツェルがおすすめ。あとあっちの赤いテントの店は食器とか、色んな雑貨が売ってる」
ユークが店を指さしながら紹介していく。リディアが知っている古い店もあれば、知らない新しい店もあった。七年という月日の流れを感じつつ、少し前を歩く幼なじみの背中に視線を戻す。ユークの肩は思った以上に高い位置にあった。
(背、伸びてる……)
昔はリディアや姉と背丈が変わらないことを気にしていたのに、今は頭ひとつ分くらいの差がある。記憶の中のユークより顔つきも大人びていて、当然のことなのに落ち着かない心地だった。
「野菜とか魚なら、向こうの通りで探すのが良いな。どの店も安くて新鮮だ」
「わかりました」
内心はお花畑のようなのに、口から出る言葉は素っ気なくなる。緊張からくる堅さもあるが、これ以上馴れ合うわけにはいかないという自制心から来るものだ。こうして終始愛想のない態度をとり続けているというのに、振り返ったユークは全く気にしていないと言わんばかりに、髪と同じ色の目を柔和に細める。
「同い年くらいだろ? 敬語はいいよ。呼び方もユークで」
「…………」
なんだろう。とてもグイグイくる。そして隙あらば観察されている気がする。きっとまだ、リディアの正体を疑っているのだ。しかし本当のことを話すわけにもいかない。
好きなものや嫌いなもの。些細な仕草にも、リディア・シラサギの要素を出さないようにしなければ──……
「あっ、マレーヌの焼き立てだ」
「えっ?!」
思わず、その甘美な響きを持つ単語に反応してしまう。ユークは一瞬だけ目を丸くしたあと、にやりと笑った。
「マレーヌ、知ってんだ?」
「…………!!」
失態に気付き、どっと汗が噴き出す。
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