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 結論からいえば、リディア・シラサギは生きていた。


 医療魔術師、トウジ・マドリに救出されたから──というのもあるが、それが全てではない。


 吹き飛んだはずの右腕は指先まで問題なく動かすことが出来るし。抉られた左脇腹も元に戻っているし、焼けただれたはずの呼吸器官をはじめ内臓にも問題はないとマドリは感情の読めない顔で告げた。


「吸血鬼種が持つ特性、自己再生能力。お前の命を救ったのはそれだ」


 無影灯に照らされたベッドの上で、リディアは堅く瞼を閉じる。


「……マドリ先生。私は吸血鬼に?」


「半分な。半吸血鬼ハーフブラッドだ」


 電子カルテをこつこつとペンで叩く音がする。


「血液と魔力の状態を見るに、吸血が半端に終わったとしか考えられないが。心当たりは?」


「あるわ。途中でテネブレを殺した」


「それだな。前例は……皆無ではないだろうが、少なくとも俺は知らん。ああ見えて臆病な吸血鬼どもは、安全を十分に確認してからしか事に及ばない。吸血を途中で辞める、なんてことはそうそう起きるわけがないんだよ。ま、お前に今更説明するようなことでもないな」


「時限で恒星火炎フレアを発動したの。最後まで気付かれなかったわ」


 マドリの反応が返ってくるまで、少しの間があった。


「……天位階級の魔法を時限でねぇ。お前の言葉じゃなけりゃ、笑い飛ばしてるところだ」


 リディアは細く息を吐いて、重い瞼を持ち上げた。未だマドリの表情は変わっていない。ただ銀縁の眼鏡の奥から、注意深くこちらを観察している。


「先生。私の短剣カルンウェナンは回収してくれた?」


「あぁ。近くに落ちてたからな」


「良かった。持ってきてくれない?」


 マドリはカルテにペンを走らせながら「何故だ?」と、とぼけた。


「まさか、もう戦線に戻るなんて言わないだろうな。自己再生は終えているとはいえ、まだ身体は不安定な状態だ。油断は……」


「そうじゃないわ」


 わかっているくせに、と批難の色が声に交じる。


「私、自分で終わらせる。吸血鬼になった人間は、次の犠牲者を出す前に速やかに殺す。それが仲間でも。対吸血鬼特殊部隊シルバーバレットの掟よ」


「もう自死を選ぶのか?」


 さして驚きもせず、マドリは肩をすくめる。やはりリディアの考えなど最初から見通していたようだった。この男は昔からこういうところがある。


「お前はまだ人間としての自我を失っていない。仮説だが、本来は主になるはずだったテネブレが死んでいるのと、半吸血鬼という今の状態。両方が作用しているのかもしれん」


「そんなの、もうどうでもいい」


 リディアは暗い表情で言った。


「私は、もうお姉ちゃんの仇を取った。ずっとそれが私の生きる意味だった。だからもういいの。この忌まわしい血と一緒に死ねるなら未練はないわ」


 半吸血鬼になり、自己再生能力を手に入れてしまった身を確実に滅ぼすには銀製の武器で心臓を貫くのが一番手っ取り早い。今まで幾度となく敵を屠ってきた短剣カルンウェナンで、自身の命も終わらせようと思った。


「…………お前は」


 マドリは長い長いため息を吐いたあと、


「アホか」


「あうっ」


 びしっとペンでリディアの額を弾いた。間抜けな声が漏れてしまい、恥ずかしさに顔が熱くなる。


「な、な……っ!」


「うるせぇアホ。喋る口があるなら全員に謝罪しろ、アホ」


「アホ?! 謝罪って何のこと?! しかも全員って……」


 リディアの動揺を、養父でもある男は強い口調で遮る。


「死に急ぐな、リディア・シラサギ。俺が治療法を見つけてやるから、もう少し待て」


「…………っ」


 半吸血鬼の治療法など、存在するかも分からないものを見つけると、マドリはそう言い切った。何の確証もない、雲を掴むような話だ。


 しかしリディアはやがて頷いた。


 彼を信じるべきだと、大切な誰かに囁かれたような気がして。

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