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「……ある……」


「?」


「影を灼く……焔」


 リディアの目線を追って、女吸血鬼はハッとしたように天を仰いだ。


 死都化が進んだこの土地の空は、四六時中分厚い雲で覆われている。しかし今は太陽の代わりに一つの光が浮かんでいた。


 ようやく形になった、時限式の最終兵器。


 女吸血鬼の注意が逸れたことで、手足の拘束が僅かに緩む。その隙を逃さなかった。


「転移」


 短縮詠唱。転移先の座標は固定しない。そんなことに貴重な余力は使えない。女吸血鬼が振り返った時、リディアと彼女の間には五十メートルの距離があった。


 万全時の三分の一にも満たない転移距離。それでも──間に合う。


 宙に投げ出され、地上に落下しながら、リディアは天に告げる。


「天位魔術式展開。始まりの創造。神の集光器。我が祈りに呼応せよ──……」


「おのれぇえええええっ!」


 女吸血鬼が必死の形相で叫び、地を蹴り出す。


 あぁ、間に合った。これで本当に最期だ。


恒星火炎フレア


 魔力の結晶体が爆発する。もう音は聞こえない。かすむ視界の中で、女吸血鬼の身が爆風が飲み込まれるのを捉えた。ただの炎ではない。光の元素から作り出した特別製だ。吸血鬼の再生能力は完全に無効化される。


 リディアは心の中で呟いた。


 ──やったよ、マリナお姉ちゃん。私、かたきを取ったよ。


 全てが、飲み込まれてゆく。









 ────……


【報告書】

 聖暦228年3月

 カゴニア中部アイン地区(死都化レベル4 のちに浄化)

 吸血鬼対策部隊イージスによる市民への退避勧告中、真祖直系吸血鬼ノーブルヴァンパイア、影の一族・テネブレが顕現。隊員による非常事態報告を受け、近辺を調査中であった対吸血鬼特殊部隊シルバーバレット隊員番号ナンバー七、リディア・シラサギが単独で急行し、テネブレと交戦。死の霧が晴れたことから撃破に成功したものと見られる。

 対吸血鬼特殊部隊シルバーバレット隊員番号ナンバー二、及び九が現地に到着した際にテネブレの灰燼とシラサギの血痕を確認、採取。

 医療班の分析からシラサギ生存の可能性はきわめて低いと判断。しかし周囲に遺体はなく、現在捜索中。

 吸血鬼化の可能性もあることから、シラサギを発見次第、本部への報告義務が課せられる。

 本件においては、事態把握まで幹部、対吸血鬼特殊部隊シルバーバレットにのみ通達。以上。

 ────……

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