半吸血鬼少女の帰郷
水奈月 涼香
エピローグ 復讐の結末
1
──あぁ、しくじった。
これ以上、自分の身体がまともに動くことは無い。そう悟ったリディアは瓦礫の山に四肢を投げ出して、力ない眼差しを虚空に向けた。
「無様なことね。復讐心で周りが見えなくなってしまったのかしら? わたくしの眷属を灼いた時はもっと手応えのある子だと思っていたのだけれど。今はまるで、小さな蝋燭のよう」
地に落ちた影からずるりと姿を現した女吸血鬼は、黒い口紅に舌を這わせる。
影の一族、
「
影のくせにおしゃべりね、なんてせめてもの皮肉を言ってやりたかったが、少し息を吸っただけで内蔵がねじ切れそうに痛んだ。震える手を脇腹に当てる。熱い。血が止まらない。吸血鬼にとっての食糧が、どくどく、どくどくと、瓦礫を伝って流れていく。
「殺してもいいのだけれど……あなたの忌まわしい焔のせいで、わたくしの眷属が底をつきそうなの。そろそろ補充しないとね」
影の女は長い髪をかき上げて死の宣告をした。いや、
長い鉤爪がリディアの胸に突きつけられる。
後天性や下級の吸血鬼なら、それだけで腕まで焦げるほど高位の魔術式を織り込んだ対魔装束。一部の吸血鬼狩りしか着用できないその隊服を、テネブレは軽い一振りで切り裂いてみせた。鮮血が散る。
「──……っ」
「フフ。その忌々しい布の下はどんなものかと思っていたけれど、哀れなほどただの女ね。透き通るように白くて、柔らかで……」
黒のドレスがリディアの体に覆い被さる。左胸から肩口にかけて露わになった肌に、吸血鬼の舌が這う。抵抗しようとしたけれど、やはり動けなかった。怪我のせいではない。テネブレの影によって地面に縫い止められている。
嫌。怖い。やめて。お願い。
情けない言葉が漏れそうになる唇を、ぐっと堅く引き結ぶ。せめて最期の瞬間まで正気を保ってやる。これからこの女に与える悦びが、些末なものとなるように。
「──おいしそう」
鋭い二本の牙が、首筋に突き立てられた。途端、動かないと思っていた体がびくんと跳ねる。
「あっ……」
全身の血管に熱した鉄を流し込まれ、骨や臓腑がぐちゃぐちゃに溶けていくかのよう。耳を塞ぎたくなるような、自分の体から出たとは思えない音が響く。
「あ、ぐっ……ああ、あああああああ……っ!」
意志に反して、声が出た。口を閉じるといった簡単なことが出来ない。そんなことまで頭が回らない。生理的な涙がぼろぼろと目の端から零れた。地獄、なんて言葉では生ぬるい。死は救いなのだと、そう思い込んでしまうほどの時間。
視界が徐々に暗くなっていく。希望の光が潰えるその直前、女吸血鬼は何を思ったのか、一度牙を抜いた。
「っあ……!」
「くっ、あっははは! カワイイ声じゃない!」
ガクガクとみっともなく震える少女の肢体を眺めつつ、高笑いする。
リディアは気付いた。この女は、獲物が苦しみにもだえるのをじっくり観たくて影による拘束を解いている。もう抵抗の力など残っていないと見定めた上で。
途中で吸血を辞めたのもそういうことだろう。高位の吸血鬼とはそういう生き物だ。哀れな被食者を弄ぶことが何よりの嗜好。人間の欲と同じ、彼らは飢えを感じている。
「どう? 人間の中には吸血によって快楽を感じる者もいるらしいけれど。処女には刺激が強すぎたかしら。あぁ、それより……」
獲物の頤をなぞり、歌うように紡がれた言葉は、
「やっぱり姉妹なのね。とっても似ているわ。貴女たちの味」
リディアの心に、再び火を付ける。
「う……っ」
血と胃酸がごぷりと口から漏れた。咳き込む力は残っていない。喉が焼けるように痛む。それでも、最期の言葉だけは残さなければならない。
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