第23話 付き合うことになった

「そういえば玲くん。この前私にキスマつけたでしょ」

「……気づいてたんだ」


 公園からの帰り道。

 菜乃花からの言葉に俺は小さく頷いた。


「動画見るまで気づかなかったんだけど。びっくりしちゃった」

「嫌だった?」

「ううん。ただ、キスマークつけられたのは初めてだったなぁって思って。……もっかいつけてくれる?」


 菜乃花は、いたずらっぽくニヤッと口角を上げ、艶っぽく首もとをさらした。

 あまりに色っぽいその仕草に、顔が熱くなる。


「……今?」


 なんとか口に出した言葉。

 もちろん菜乃花にキスマークつけるのが嫌なわけではない。ただ、路上でやるのはやっぱり恥ずかしい。


「家についてからにしよっか。玄関でならしてくれる?」

「……もちろん」


 頷く。

 この間はセックスの時の盛り上がりのまま、菜乃花にキスマークをつけたが、いざこう面と向かって頼まれると、なんと言うか心の準備的なものが必要な気がする。

 とはいえ、心の準備などする時間もなく、もう菜乃花の家に着く。


「さ、つーけて?」

「……そこだと見えちゃわない?」


 玄関前で色っぽく首筋をさらす菜乃花。

 でもそこにキスマークをつけると、服を着たとて、他人から見えてしまう。


「それがいいの。私は玲くんのものだって証をちょうだい」

「じゃあ……いくよ」

「うん。……んっ」


 菜乃花の首筋に口づけ。

 数十秒。菜乃花の首元に顔を埋める。

 菜乃花の匂いがダイレクトに鼻に届く。

 くらくらするほど甘い香り。でもどこか爽やかでもあって、俺の好きな香り。

 菜乃花の首元から顔を離す。


「ん……、ついた……?」

「うん」

「えへへ……。玲くんもいる……?」

「……もらおうかな」

「じゃあ、ちょっと屈んで」


 言われた通り、菜乃花の顔が真ん前になる程度まで屈んで、少し首を傾ける。

 菜乃花が俺の首元に顔を埋めた。

 ちょうど菜乃花の頭が俺の鼻の前にある。

 さっきよりも……すごい。


 しばらく襲いかかる甘い香りになんとか耐え、永遠にも感じられる数十秒を終え、菜乃花が俺の首元から離れる。


「ふふ、ちゃんとついてる。お揃いだね?」

「……うん、お揃いだ」


 そのままの流れで菜乃花に抱きつく。

 小さな身体を包み込むように抱きつく。


「んー、離れたくなくなっちゃう」

「俺も……出来ることならこのままずっと」

「……泊まってく?」

「……すごい魅力的な提案だけど、明日も学校だから」

「私、学校をサボったことないなぁ?」


 俺の胸の中でチラッと菜乃花が期待するような視線を送ってくる。


「その言い方はずるい……。でも、明日はほら、球技大会の競技決めがあるじゃん。やっぱり最初で最後の行事だしさ、ちゃんとやりたくない?」

「そうだった。玲くんのサッカーしてるところ見ないとだもんね」

「お泊まりは週末にしよ。俺も菜乃花といっぱい一緒にいたいから」

「……! 約束ね!」

「うん、約束。……それじゃあ、そろそろ」

「……うん、また明日」

「また明日」


 身体が離れる。

 菜乃花と身体が重なっていたところに、冷たい空気が触れてすこし寂しい。

 お互い顔を見つめ合う。

 離れたくないと、言葉にはしないけど、目で語り合う。

 そんな気持ちを飲み込んで、口を開く。


「……バイバイ、菜乃花」

「うん。……バイバイ、玲くん」


 手を振って、それから菜乃花の家を後にする。

 どこか現実感のないふわふわした気持ちを抱きながら、俺は自らの家への帰路をたどった。


◇◆◇


『菜乃花と付き合うことになった』


 家に着いた後、飛鳥さんにそうライムを送った。

 今の俺がいるのは飛鳥さんのお陰だし、それに俺のことを好きと言ってくれたし、俺の中で報告しないという選択肢はなかった。

 すぐに返信を報せる振動。


『そ』『おめでと』『バイトの時、話聞かせてよ』


 立て続けに送られてくる飛鳥さんからのメッセージ。

 この文字列から飛鳥さんの気持ちを推し量ることは、俺にはできない。

 それでも、俺に出来る恩返しは、俺が今、幸せであると飛鳥さんに示すだけで。

 だから──。


『うん』『全部話すよ』


 そう返信して、布団に倒れ込んだ。


◆◇◆


『玲くんと付き合うことになった!』


 私は檸檬ちゃんと美海ちゃん、凛音ちゃんとのグループライムにメッセージを送った。


『よかおめ』

『おめっとー!』

『おめでとう』


 みんなからすぐに返信がくる。

 改めて、玲くんと付き合ったという事実に、今更ながら実感する。

 そっか。私、玲くんと付き合ったんだ。


『話聞かせてよ』

『電話しようぜ!』

『菜乃花も今大丈夫?』

『すごい惚気ちゃうかもだけどいい?』

『今日だけは許してやろう』


 それから間もなく、スマホの着信が届く。


『もしもーし! みんな聞こえてる?』

『聞こえてる聞こえてる』

『私も』

「私も聞こえてるよ!」

『じゃあ、聞かせてもらおーか!!』


 檸檬ちゃんの言葉に「うん」と頷き、私は今日みんなと別れた後に、玲くんとしたことについてみんなに聞いてもらった。


「──でね、いっぱいぎゅーってしてもらってね、一生離さないとか言われちゃったりして、その流れでキスもされちゃって、もー! って感じだよね!」

『まーじで、遠慮なく惚気てくるじゃん』

『ま、今日は聞いてあげるって約束だしね。菜乃花も幸せそうでよかったよ!』

『…………』

『あれ? 凛音の反応がないぞ?』

『どうせまた照れてるんでしょ』

『だ、だってキスとか……私たちまだ高校生だよ⁉』

『何を今さら。コイツらもうやることやってんだよ?』

「その言い方やめてよー」

『ごめんごめん』

『でも、外でキスって……誰かに見られちゃうかもじゃない』

「その時はそのときかなぁ。別にみられても何かされる訳じゃないし。……それに、我慢できなくなっちゃうんだよ」

『私にも好きな人が出来たら分かるのかしら』

「きっとね」


 それからも他愛のない会話を続け、あっという間に時間がすぎていく。


『うーわ、もう零時じゃん。ごめん、私明日も朝練だから落ちるわ』

『じゃあ、いい機会だしあたしらも一緒に終わろっか』

『そうね』

「みんな、話聞いてくれてありがとね」

『いいってことよ!』

「それじゃあ、お休み」

『お休み』

『お休み!』

『お休みなさい』


 電話を切る。

 かれこれ二時間ほど通話していた。

 楽しくて時間なんか忘れて会話に没頭して。

 みんな優しくそれを聞いてくれて……本当に良い友達をもった。

 みんなからも私はたくさんのものをもらったし、たくさんの心配をかけさせちゃっていたから、これからは恩返しをしていかないと。


 それから私は、玲くんとのトーク画面を開いた。

 別に今から会話しようとしているわけではない。こんな夜遅くに話し始めちゃったら寝れなくなっちゃうし。

 ただ、一言伝えたかっただけだ。


『お休みなさい』


 口に出しながら文字を打つ。

 なんだかそうしたら気持ちもこもる気がして。

 送信ボタンを押して、それからスマホを切って布団に潜った。

 部屋の明かりを消して、今日あったことを思い返す。


 いろいろ、嫌なこともあったけど、でも。

 最後には、その全部を吹き飛ばすぐらいの幸せなことがあって。

 今の私は幸せな気持ちで包まれている。

 ふわふわに身体が包まれている。

 私は玲くんの彼女になったんだ……!

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一度も話したことないクラスメイトからいきなり「俺の彼女を寝取ってほしい」とお願いされた 凪奈多 @ggganma

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